でも読み終えたら、みんなが「よかったよ」って受け入れてくれて。「 教えてくれてありがとう」って言ってくれた子もいて「なんだ、早く言えばよかったんだ」「伝えることって大事なんだな」と気づいたんです。これが私の中で一番の「人生が変わった瞬間」だったかもしれません。
――具体的に、どんな作文だったのでしょうか。
うさぎ 「聴こえない自分がすごく嫌だ」という内容で、 母に「なんで聴こえない子に産んだの?」って言ってしまったことも書きました。言っちゃいけない言葉だって分かっていたから、母に言ってしまったのは1回だけ。ダメだってわかっていたけど、ある日、限界が来て、わーっとなったときに言ってしまった。小学4年生のときでした。
――どんなふうに限界だったのでしょう。
うさぎ 七夕の短冊でも「聴こえるようになりますように」って書くぐらい、想いが溜まっていて。少女漫画みたいな恋をしたくてもできない、好きな人がいても、その人が何て言ってるか分からない。そういういろいろなストレスで。
――いじめられたエピソードも書きましたか。
うさぎ そういうことは書きませんでした。いじめとか嫌がらせは、自分の人生の中には含めないようにしているので。だから、 友だちが優しかったことや、英語の先生が英検を受けるときにわざわざ英検協会に電話して、 リーディングをスピーカーじゃなくて、口の動きでわかるように手配してくれた、といった感謝のエピソードを書きました。
読唇術と手話
――口の動きを読み取る「読唇術」というのはどうやって覚えるんでしょうか?
うさぎ まず聾学校で、発音するときの舌や唇の位置を細かく的確に教わって、自分で声を出す練習をしました。それから、教えてくれる先生の口の動きをよく観察する。そうやって、自然と身についたのだと思います。
――聾学校は小学校まで通ったんですか?
うさぎ 聾学校の幼稚部には入りましたが、その後の小学校・中学校は普通学校へ行き、話す練習や聴力検査のために、聾学校に定期的に通っていました。
