――小学校から聴こえる子たちと同じ条件で授業を受けてたんですね。聾学校では手話も教えてくれるんですか?
うさぎ いえ、小さい頃に指文字だけ覚えましたけど、手話はのちのち世界一周の旅をしたとき、船の中で手話教室を開いてもらって覚えました。「聴こえないから手話ができる」と勘違いされやすいんですけど、意外と聴こえない人で手話ができない人っていっぱいいるんです。
私が聾学校に通っていたのは、おそらく手話が認められる直前だったと思います。手話を使うことについて、とても厳しかった時期というのがあって、ちょっと手話で話しただけでクビになった先生もいました。おそらく2000年以降の私よりあとの世代から、手話の使用が認められるようになったんだと思います(※)。
――なぜそんなに手話を使うことに厳しかったんでしょう?
うさぎ うーん、聴こえる人に合わせないといけない時代だったのかな?
――口話ができたら、その方がいいみたいな感じ?
うさぎ それが現実的な場合もあります。私の父や母や妹、祖父や祖母、親戚も全員聴こえる人だったので、やっぱり口話の方がみんなに合わせて会話しやすかったです。
「昔より孤独感はない」ワケ
――「聴こえるのが当たり前」みたいに社会が動いていると感じますか。
うさぎ 子どもの頃は、けっこう感じてたかもしれないです。でも今は多様性の時代だから「私だけじゃないんだ」という感覚を強く感じますね。特に東京は人が多いですし。昔より孤独感はないです。
例えば、東京に出てきて電車が止まったことがあって。何があったのか分からなくて戸惑ったけれど、そのときはツイッターを開いて調べたら、何があったかすぐわかりました。そういうツールがあるので、今ではとても便利になったと思います。
※2011年の「障害者基本法」改正により、日本で初めて手話が言語として法律に明記された。
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難聴うさぎさんが発信を続ける背景にあったのは「障がいをコンプレックスに感じていた過去」でした。自分のことを語る勇気が、周囲の理解だけでなく、彼女自身の人生そのものを変えていったように思えます。(第3回へつづく)
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