Netflix『地面師たち』でホームレスの老人を演じ、鮮烈な印象を残した俳優・五頭岳夫(78)。
同作でブレイクを果たし、出演シーンがミームとして使われ、Tシャツにまでなってしまった五頭氏に、俳優志望を母親に反対されての就職、劇団・青年劇場への入団、劇団員として活躍するなかでの顎骨骨髄炎発症などについて、話を聞いた。(全5回の2回目/3回目に続く)
◆◆◆
就職後も「いつかは絶対に演劇の世界へ」養成所で2年間勉強し劇団へ入団
――高校卒業後は演劇学校へ進もうと考えたものの、お母さんの反対を受けて自動車整備の専門学校に進んでトヨペットに就職されたと。
五頭岳夫さん(以下、五頭) だけど、「いつかは絶対に演劇の世界へ」という思いは消えなかったですね。それも母を説得してどうこうというのではなく、もう心の中で「演劇をやるぞ」と決めていました。
それで21歳か22歳で、青年劇場の養成所へ入ったんです。養成所で2年間勉強して、劇団に入りました。
――トヨペットのほうは、スパッと辞めて。
五頭 養成所と整備士の仕事を並行させようとしたんですけど、整備士はお客さん相手の仕事だからどうしても時間が不規則になってしまって。養成所に通うのがいつも遅れるので、9時5時の仕事に変えたんです。あと、会社の上下関係に納得いかないことも出てきました。そんな5年間のサラリーマン生活でしたね。
で、アメリカ大使館のそばにあった全国競輪選手共済会で事務をするようになって。80人くらいの応募があって、自分だけ採用されたもんだから理由を聞いたら「字がきれいだったから」と。小学校の時の担任が、僕らに習字をよくやらせていたんですよ。それが活きましたね。
――青年劇場以外の劇団は受けなかったのですか。
五頭 文学座、民藝などいくつか受けましたが、落ちてしまって。俳優座は養成所があったんですが、そこも落ちましたね。途中入所という形で青年劇場の養成所にお世話になったんです。
母の反応は…
――お母さんの反応は。
五頭 「もう勝手にしなさい」って感じでしたね。これが原因で何年間も帰らなかったこともありましたけど、うまくいったときに錦を飾って帰れたらいいなと思っていた。でも不思議なことに、劇団に入ってしばらくすると、自分が通った中学、高校の学校公演で主役を務めることになって。これは嬉しかったですね。

