顎骨骨髄炎を発症で左下顎を切除…術後にできなくなったことは
――1985年、37歳の時に顎骨骨髄炎を発症し、左下顎を切除したと聞いています。
五頭 旅公演の途中、熊本にいるときに歯がグラついていることに気づいて。歯医者さんに行ったら、「すぐ帰って大学病院で精密検査を受けなさい」と言うんですよ。
最初は親知らずが埋没していて、それがグラついているのかと思っていたんです。でも実際には、その手前の歯が動いていて。
そこの歯根が溶けて、グラングラン動くようになった。さらに歯根が溶けた部分に嚢胞のようなものも溜まっていた状態で。ただ痛みは全くなくて、グラついているのが気になった程度でした。
――どんな治療を。
五頭 最初は東大病院で治療を受けていたんですけど、慶應病院でセカンドオピニオンを受けて。結局、慶應病院にお世話になったんです。
手術の方法についてはドイツ式とアメリカ式があって、東大病院のほうは顎を切除してもプレートで補完しないドイツ式で、補完しないことで顎が変形してしまっている人の姿を実際に見てしまった。それは自分としてはムリだなと思って、顎の切除後に補完してもらうアメリカ式を取っている慶應病院を選びました。
ただ、当時は今のような3Dの技術があるわけでなく、レントゲンのネガを合わせながらの手術ですから、どうしてもいびつになってしまう。プレートを入れて3ヶ月後くらいに、「大丈夫かな」と思って舞台に戻ったら、プレートが外れてしまって。
ボルトで固定していても、口を大きく開けたり、発声することでプレートを留めるボルトが緩んできてしまうんです。それで何回か手術を繰り返しました。
最終的にはチタンの太いものを入れて落ち着きましたが、今もMRIは撮れないんです。破片が一個、脳の近辺に残っていて、形成外科、脳外科、歯科の先生が集まって協議した結果、「触ったら脳にどれだけ傷をつけるかわからない、残しておくしかない」という結論になりました。ですからどこへ行っても「MRIだけは勘弁してください」とお伝えしています。
――顎に入れたプレートの不具合が続いたことで、演技ができなくなるかもしれない怖さがあったのでは。
五頭 医者から「舞台はやめたほうがいい、他の仕事にリクルートしたほうがいい」と断念しろとハッキリと宣告されましたから。さらに42歳で胃がんになって、胃を全摘することになりましたしね。
撮影=杉山秀樹/文藝春秋
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