〈多くの皆様に愛されたことは、本人にとって最大の誇りであり幸せな一生であったと確信しております。故人に代わりまして、これまで温かく支えてくださった皆様に心より深く感謝申し上げます。〉
6月2日、元プロボクサーでタレントのガッツ石松が永眠した。享年76。6月11日、所属事務所は公式インスタグラム上で都内の病院で肺炎のため死去したことを、生前の厚誼への感謝の言葉と共に発表した。
◇◇◇
幼少期はイナゴを炒めて食べたことも
1949年、栃木県で生まれたガッツは貧しい家庭で育った。
「父は身体が弱いこともあってあまり働けず、日雇いの土木作業員として働く母のわずかな収入だけで過ごした幼少期には、食うに困り、イナゴを炒めて食べたこともあったそうです。中学の時に白黒テレビで流れていたボクシング中継を見て、一念発起してプロボクサーを志した」(ボクシング関係者)
中学卒業後、単身上京し、1966年に名門・ヨネクラジムに入門する。ボクシングライターの前田衷氏が語る。
「ガッツは入門7か月でプロテストに合格。プロデビュー戦こそ初回KO勝ちを収めましたが、最初は期待された選手ではなく、誰も世界王者になるなんて思いもしなかった。当時のライト級には門田新一やジャガー柿沢という名選手がいたからです。ところが、1970年1月に柿沢の世界戦の前哨戦でガッツが柿沢を破る番狂わせ起こし、その流れでガッツに世界王者への挑戦権が転がり込んだんです。ガッツの強運に後年門田と柿沢は『俺たちはガッツに全部運を持ってかれてしまった』と慰めあった(その後、ガッツは世界ライト級王座に挑戦したが、パナマのイスマエル・ラグナに13回TKO負け)」
