「おばあちゃん、来たよ。私だよ」「ここにいるからね」
最期のときは、突然やってきた。4月27日、冒頭のように施設から電話がかかってきたのだ。
「急いで駆けつけて『おばあちゃん、来たよ。私だよ』って声をかけたら、ずっと寝ている状態だったんですが、目が開いて。目で頷くような仕草を見せて、すぐまた目を閉じて眠ってしまいました」(同前)
翌日も再訪し、布団の下で手を握ると、一瞬だけ強く握り返してきたという。
「ここにいるからね」
響子さんはそう言ったが、返事はなかった。
「翌朝10時に施設から『いらしてください』と言われ、駆けつけたら、もう亡くなった状態でした」(同前)
「やっぱり『あいつはクソババアだったな』って」
響子さんは今年1月、自著『憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ』(小学館)を出版。小誌の連載対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」に登場し、〈母のことを「クソババア」と思っている今書くのが正解だと思ったんです〉と発言している。その母が逝去し、気持ちに変化はあったのだろうか。響子さんが言う。
「亡くなったからって、悲しみで全部が美化されているわけじゃない。やっぱり『あいつはクソババアだったな』って思うところ、いっぱいありますよ(笑)。でも、そんなクソババアなところも含めて、やっぱり愛おしいんですよね」
102歳。かくもめでたい大往生だった。
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2026年4月刊行『ぼけていく私』(文藝春秋)では、102歳になった佐藤愛子さんのインタビュー、娘の響子さん孫・桃子さんの対談を収録しています。
