「女優は天職だと思っていない」
さかのぼれば、波瑠はブレイク前夜のインタビューで、《もともと私には演技的なテクニックはないので、演じる役が本当に悲しんだり怒っているように、技術で見せるのは無理なんですよね。だったらもう、本当に役と同じ心情になるしかない。(中略)そうやって思いっきり感情で演じていながら、心と体は自分自身のままなので、女優の仕事はしんどいときのほうが多いですね》と吐露していた(『anan』2015年10月7日号)。
だからだろう、『あさが来た』が高視聴率を維持するなかでも、自分には楽な仕事ではないから《女優は天職だと思っていない》ときっぱり言い切っている(『GALAC』2015年12月号)。
「違う自分になっちゃった」と痛感
こうした言葉から察するに、本人としてみればブレイク後こそ本当の正念場だったのではないか。実際、20代後半はほとんどの時間を仕事に費やし、家に帰って愛犬たちと触れ合うことでかろうじて癒しと安らぎを得ていたようだ。30代半ばになって、当時を次のように顧みている。
《20代後半は正直、自分の生活は後回しでした。でも、その経験が今の土台に繋がっているので、ひたすら頑張る時期があってもいいのかな、と。ずっと続くと思うとしんどいですが、やがて落ち着くと見据えながら、今しかできない働き方を選ぶのもキャリア継続のためのひとつの選択肢かもしれないです》(「CLASSY.ONLINE」2026年5月7日配信)
多忙をきわめた25歳から30歳手前までの5年間は、仕事と自分時間のバランスを取るのはとても無理で、《一段落して休みができても何をしたらいいのか分からなかったんです。趣味も諦めているし、友達とも疎遠になっているからパッと連絡できる人がいない》という状況だったという(同上)。自分が好きだったものも思い出せず、「違う自分になっちゃった」と痛感した。そこで始めたのがオンラインゲームだった。
オンラインゲームを始めると、それを通じて新しい友達ができたり、ほかに趣味も広がって、仕事以外の時間も充実するようになったとか。フジテレビの月9ドラマ『ナイト・ドクター』(2021年)で共演した野呂佳代にも、以前からファンだったので共演を機に仲良くなりたいと思い、撮影が始まるとすぐ声をかけ、ゲーム仲間に引き込んだ。おかげで距離がグッと縮まったという。
トレードマークだった髪型を変えて
20歳のときに女性誌『non-no』の専属モデルになったのを機に髪を切って以来、ショートヘアがトレードマークになっていた波瑠だが、20代後半になって、《どこにでもいる女の子の髪型にしたくて》(『週刊文春』2019年4月11日号)、再び伸ばし始めた。
ちょうどそのころ、脚本家の遊川和彦(波瑠が最終選考まで残った朝ドラ『純と愛』の作者でもある)が監督した映画『弥生、三月 -君を愛した30年-』で、成田凌とともに高校生から50代まで30年間にわたるラブストーリーを演じた。
