「今、おふくろがよぅ」ビートたけしが泣いた夜

 そしてだんだん会えなくなって、あれは夜の10時か、11時にはなっていなかったと思うな。電話で、「ぺーさん? たけしだよ。たけし。今、おふくろがよぅ」と言って言葉が途切れたの。まったく素頓狂な話よ。「たけしだ」って声を聞いて、僕はてっきり大阪に住んでいる甥っ子のたけしだと思ったんだね。そのたけしが「おふくろ」なんて東京の言葉を使ってる。もう違和感しかないのよ。それで「おいおい、たけし、何言ってんねん。なんで大阪弁話さへんの」と言ったら、「俺だよ、たけしだよ」って、話が通じない。そんなやり取りをしたあと、「あ、すみません。兄の大に代わりました。今おふくろが亡くなりました」と聞いて、やっと、さきさんが息を引き取ったことをたけしさんが、僕に電話で知らせてくれたんだと気がついて、びっくりなんてもんじゃないわよ。たけしさん本人が電話をくれたのはその時が最初で最後だもの。あわてて車ですぐ飛んで行ったの。そうしたら、たけしさんと、お姉さんと大さん、それからご長兄がいて、「いつもおふくろがありがとうね」と、たけしさんはさっぱりしたものなの。

 おかしかったのは、たけしさんが大さんと「これからどうするんだ?」とか「やっぱり寿司じゃないとダメか。寿司なら何人分くらい用意するんだ?」とか一般的な会話をしてんのよ。僕の知っているたけしさんはあくまでテレビのたけしさんなの。それがお通夜の段取りで戸惑っているって、不謹慎だけど内心ウケちゃった。天下のたけしさんが普通の会話をしているんだもの。「寿司代は俺が出すよ」とたけしさんが言って、「ああ」と兄が答えるというのも、なんかいいなぁと思ったわよ。

 だからお通夜の日に、たけしさんがテレビカメラの前で泣いた時はびっくりしたね。きっと張り詰めていた気持ちが突然パーンと弾けちゃったんだなと思って、横の方から見ていたっけ。

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 それが平成11年の8月だから、もう27年経つんだね。僕たちは相変わらず、今はタクシーで師匠の墓参りを毎月していて、たけしさんの実家のあったところを通るんだけど、今はもう跡形もないね。

 もちろん、僕らがさきさんに会いに毎月通い続けたのは、お世話になっているたけしさんのお母さんだからよね。テレビ局で会えば、たけしさんから「おふくろ、ありがとうね」と言われることもあったわね。でも10年、毎月続けて顔を見に行ってると、そういうことはどうでもよくなるのよ。たださきさんに会いに行くって、それだけだった気がするな。

©五十嵐美弥/小学館
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