TBSラジオで長年絶大な支持を集める、RHYMESTER宇多丸氏による映画評コーナー。しかし企画開始以前、本人は「映画は一番好きな趣味だから仕事にしたくない」と、この企画に全く前向きではなかったという。
制作サイドはいかにして、宇多丸氏を納得させたのか。ここではラジオプロデューサー・橋本吉史氏の著書『ラジオ最強説』(イースト・プレス)の一部を抜粋。当時の裏事情を明らかにする。
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ラジオの神様に祝福されているパーソナリティ
私は、宇多丸さんを「1人喋り」でやってもらうと決めた。放送作家の古川耕さんがスタジオの中にいるが、あくまで喋るのは宇多丸さんひとり。その決断は『タマフル』初回の放送で、正しかったとおもった。
初回放送の2007年4月7日。21時30分開始の予定だったが、直前に放送していた野球中継が延長され、開始が21時55分にずれ込んだ。しかも22時ちょうどには時報が入るため、放送初回を告げるオープニングのフリートークは、わずか2~3分しかなかった。そんな不安すぎる状態で、駆け出しディレクターでありプロデューサーだった自分のディレクションはこうだった。
「宇多丸さん、とにかくフリートークでつないでください!」
いま思うと、こんなしょっぱいディレクションですみません、と情けなくなる。宇多丸さんにとっては周到な準備を重ねてきたにもかかわらず、デビュー戦でそれらの武器を取り上げられ、素手でリングに上がるような状況。にもかかわらず、宇多丸さんの第一声が空気を変えた。
「番組初回でいきなりこの仕打ちですよ、俺」
焦っているんだけど、そこに正直で、でも冷静でもある。リスナーに丸腰で向き合い、汗だくになりながら一心不乱に話す宇多丸さん。スキンヘッドがさらに汗で輝いて見えた。その姿は神々しく、水かけ観音のようだった。ラジオの神様がいるとしたら、この人は間違いなく祝福されている。
その様子を見た当時の局長が「宇多丸さんはいいね」と言った。なぜなのか聞いたら、「話しながら自分を俯瞰してリスナーに向き合う人が、ラジオパーソナリティに向いている」と評価した。なるほど俯瞰力というやつだ。初回放送でこんな仕打ちをしてはいけないといまでも反省しているが、1人喋りはパーソナリティの真の力がわかる装置でもあるのだ。
