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異母兄の妻に…
頼朝には源義平という異母兄がいた。通称「悪源太」と呼ばれた荒武者で、平氏と源氏が戦った平治の乱(平治元年/1159)で平清盛に敗れ、処刑されている。このとき、頼朝の父・源義朝も敗走中に殺害され、頼朝は伊豆へ配流となった。
義平には妻がいた。源氏一族の新田義重の娘で、祥寿姫といった。義平亡きあとは未亡人だったが、年齢は不明。ただし、義平は頼朝の6歳上で祥寿姫はその妻だから、頼朝と同年代だったと考えられる。
この女性が、頼朝の目に留まった。
『吾妻鏡』寿永元年(1182)7月14日条によると、頼朝はまたもや伏見広綱に祥寿姫宛ての艶書(ラブレター)を代筆させ、届けさせた。祥寿姫にはその気がまったくなかった。そこで頼朝は、父の新田義重に直接交渉した。義重は政子の嫉妬を恐れ、祥寿姫を別の男に再嫁させてしまった。
その影響もあってか、義重の一族は頼朝に冷遇された。祥寿姫が頼朝の側室となっていたら、第2の亀の前事件に発展した可能性は低くない。
歴史上の悪女といわれる人は、意外と男に悩まされたケースが多いのかもしれない。
