『3934km 国境を越えて』(フアン・カルロス・ケサダス 著/星野由美 訳)

 人が移動することは困難なことなのだろうか。

 お金があり、帰るところがあれば、何も難しくはない。多くの国はそういう人なら歓迎してくれる。

 だが、そうでなければ徹底的に行く手を阻まれる。

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 それが本書の主人公、「ネコ」というあだ名の少女に起きたことだ。9歳の彼女は中米エル・サルバドルの貧しい海沿いの町に生まれた。アメリカのコロラド州デンバーに行った両親は、写真を一枚送ってきたきり、消息不明である。

 ネコの日々は暴力に満ちている。祖母がギャング団に殺され、修道院が管理する孤児院に預けられる。だが、そこも平穏からはほど遠く、小児性愛者の神父が近づいてくる。

 自分を守ってくれたアイルランド人修道女ダヤンとともにネコは神父殺害の容疑者として逃亡を余儀なくされる。

 お尋ね者となった二人は身を隠しながら国外への脱出を試みる。ネコは両親にゆかりの地デンバーを目指す。だが道のりはあまりに遠い(3934km!)。

 エル・サルバドルからグアテマラに入国するとき、ネコとダヤンは国境警備の目をいかにかいくぐるのか。そこからさらにメキシコに行くために二人がどのような命がけの手段を選ぶことになるのか……。手に汗を握るとはこのことだ。

 頭上を飛んでいく飛行機をネコが何気なく見上げる場面が胸を締めつける。やすやすと国境を越えていく人たちがいる一方で、貧困や戦争など、やむにやまれぬ理由で故郷をあとにせざるをえないあまたの人々が地上に這いつくばるようにして必死に生きている。

 幼いネコはつねに危険にさらされている。事故、殺人、人身売買……。だが彼女がくぐり抜ける苛酷な状況は決して例外的なものではない。それは中米からアメリカを目指す貧しい多くの人々の経験でもある。

 ついにネコはアメリカに到着する。ところが不法入国者として収容所に収監されてしまう。劣悪な環境のなか、3年にもわたって。14歳になった彼女はいまや収容所にやって来る小さな子供たちの世話をするようになっている。彼女は一体どうなるのだろう?

 少女の困難に満ちた旅を描くこの小説には、人々が小さな思いやりでつながれる瞬間がいくつも描かれる。

 危機のたびに、ネコに手を差しのべる人が現われる。ネコもまた、メキシコとアメリカのあいだのアリゾナ砂漠を渡るとき、激しい渇きに苛まれながらも、わずかな水を自分より幼い男の子に分け与えようとする。「彼が、あたしたちが助かりますように」。

 現実は小説とは違うと言われるかもしれない。しかし、すべての小説が現実に根を張り、そこから生まれてくる以上、小説が希望を描けるとしたら、現実にたしかに希望があるからなのだ。この物語はそのことを私たちに信じさせてくれる。

Juan Carlos Quezadas/1970年メキシコシティ生まれ。メキシコの児童・青少年文学において最も重要な作家の一人で、これまで数多くの賞を受賞。初めて女性目線で描いた本作では、カスティージョ・イスパノアメリカ文学賞(YA部門)を受賞した。

おのまさつぐ/1970年大分県生まれ。作家、仏文学者、早稲田大学教授。『九年前の祈り』で芥川賞。近訳著に『征服されざる者たち』。

3934km 国境を越えて

フアン・カルロス・ケサダス ,星野由美

Type Slowly

2026年3月1日 発売