――何か食べた?
私が問うと、父が首を振る。
「なんにも」
――なんにも食べてないの?
「なんにも食べてない。なんにもしてない」
――ダメじゃん。
私は思い切り否定した。妻を見習ったつもりだが、迫力が足りないのか、まったく反応がなく、こう言い換えた。
――ちゃんと食べてください、って田中先生も言っていたよ。
田中先生とはかかりつけの診療所の医師の名前である。ケアマネジャーの小暮さんによると、認知症は権威に弱いとのこと。病院の医師や白衣にも弱いそうで、困った時は「田中先生が言っていた」というフレーズが有効らしいのである。
「田中先生が?」
――そう。エミちゃんも言ってたし。
権威ついでに妻の名前も繰り出すと、父はぽかんと口を開けた。開いた口に放り込むように父の妹である「ウタちゃんも言ってたよ」と続けた。父の中に人を増やす。力のある存在を植えつけることで、行動変容を起こすのだ。哲学的には自己意識における「他在」の問題になるのかもしれないが、話しぶりとしては誰がどうしたという単なる世間話である。認知症に限らず人は世間話で動く。自らの主義主張より世間に合わせる。世間に合わせていることを忘れて主義主張を持ったつもりになるだけなのだ。
ミラーリングで食事の介助
などと考えながら私は冷凍ごはんをチンしつつ、フライパンで豆腐を焼いて肉豆腐のタレをからませ、父の好物である肉豆腐丼をつくった。
「うわーっ、おいしそう!」
父は歓声をあげた。
――さあ、食べて。
「いいの? いっちゃっていいの?」
――いいよ。遠慮しないで。いっちゃって。
「そんなこと言わないでよ」
妙に絡む父。
――食べて。
「だから半分こ、しようよ」
そう言って父は肉豆腐丼をふたつに切り分けようとした。「いや、全部食べて」「いやいや、半分こ、しようよ」「俺は食べてきたから」「そんなこと言わないで」などというやりとりの後、やむなく私は半分を別皿に移した。父はスプーンを持ったまま「しずかだね。どうしてこんなにしずかなの?」などと語り始め、一向に食べようとしないので、私は父の正面に座り、大袈裟なジェスチャーで食べて見せることにした。
催眠療法でいう「ミラーリング」である。鏡のように相手の動きを真似することで、心身を同調させるという手法。自分が鏡となって相手を映しているかのように動くことで相手の動きを引き出そうと考えたのだ。私が「あ、これ、おいしいね」「おいしいよ、お父さん」などと言いながら食べ始めると、父はいつものようにスプーンで肉豆腐丼を完全にクラッシュした。それを固めて成型し、表面をケーキのように滑らかに仕上げ、削りながら口に運んだのである。
「うまい! 最高!」
そう言って父は完食し、私は洗い物をしながら深い溜め息をついた。
父はこうされることをずっと待っていたのか。認知症の食事介助は、ここまでサポートしなければならないのだろうか。