「さっきまで病院にいたやん!」娘のために包帯まみれのまま車で学校に乗り込んできた父

――怒りはするけど、裏で3Li¥enさんのことを守ってくれていた。

3Li¥en 私が小2の時、おとんが腎臓がんになって手術したばかりの頃だったんですけど、包帯まみれの体のまま車を運転して学校に乗り込んできたことがあって。「さっきまで病院にいたやん!」って嘘やろと思ったけど、命がけで守る熱さには、子どもながらに感激しましたね。その熱がいまの私に完全にキャッチされてます。

――ちなみに、お父さんはどんな仕事をしていたんですか。

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3Li¥en もともとナイジェリアでパタンナーをしていて、自分の服を作ってたんです。

 20歳で日本に来てから、フリマで売るのから始めて、最終的にはセレクトショップを3店舗くらいオープンさせて、コツコツ税金納めて頑張ってました。会社を興してエンジニアの仕事もやってたし、とにかく真面目な働き者屋さんでしたね。

お父さんと3Li¥enさん

父親に連れられて小学3年生でナイジェリアへ

――小学校の途中からナイジェリアに移ったんですよね。その経緯を教えてください。

3Li¥en 小学3年生から中学卒業までナイジェリアで過ごしました。ただ、私自身もナイジェリアに行った理由はよくわかってなくて。春休みにおとんからいきなり「旅行に行きましょう、イングランド行こう」って言われて。小3だから「イングランドってどこ?」って感じなんですけど、「イギリスやから」って言われて、パパとイギリス旅行行けるなんて最高!と思ってついて行ったら、着いた先がナイジェリアのイバダン、しかもボビー・オロゴンの実家の隣やったんです(笑)。 全然イギリス人おらんし「あれっ、待って?」ってなってたら、「学校決めに行こう」って言われて、春休み中なのにナイジェリアの学校を3校くらい転々と見させられて。

「ここどうなん?」って聞かれるけど、移動で疲れてるから「もうここでいいわ」って決めて。そしたら、小学校くらいマジで敷地がデカい大パラダイスみたいな豪邸に連れていかれて。プールもテニスコートもあるし、部屋の怪しいドアを開けたら地下のディスコクラブにつながってるような家でした。ドライバーさんも家政婦さんもおって「最高やん!」って調子乗ってた1週間後、おとんから「俺、日本に帰るから」って告げられるんですよ。

「えっ、じゃあ私は? 家は?」って戸惑ってたら、「学校決まったやん、学校行っとったらええやん」って。「私だけ置いていかれるの!?」ってびっくりおったまげですよ。

 でも学校決まっちゃったし行くしかないやんと思って、そこからプリンセスライフのようなナイジェリア生活が始まりました。