ナイジェリア人の父と日本人の母を持ち、若い世代からの人気を集めるギャルラッパーの3Li¥en(エリイェン)さん(25)。音楽活動を本格的に始めた半年後には「チーム友達(GALS Remix)」に参加。そのミュージックビデオはYouTubeで400万回以上再生されている。

 活動2年目には日本最大級のヒップホップフェスである「POP YOURS」への出演も果たした。そんな彼女はナイジェリアで6年間一人暮しをしていた経験を持つ。どのような幼少期を過ごしてきたのか。話を聞いた。

 

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荒れ果てた父と兄の姿に嫌気がさして、ギャルの道へ

――ナイジェリアから帰国した後は地元の埼玉に戻ったんですか?

3Li¥en そうです。ギリギリ県立高校の音楽科に受かって日本に戻ってきたんですけど、7年ぶりにちゃんと「ただいま」をした日本の環境はタイムスリップしたみたいに激変していました。

 育てのギャルおかんは離婚して実家の福島に帰っていて、私の実家は大宮に移ってて、お兄ちゃんとおとんの3人暮らし。さらに、あんなに仕事がうまくいって輝いてたおとんが、病んで別人のようになって新興宗教にハマってたんです。朝から晩まで叫び散らかしながらずっとお祈りをしていて、奇跡系の怪しい教えを信じ切って没頭していました。

 仕事もできなくなっていたからお金も全くなくて、冷蔵庫を開けたら何も入ってない状態。お兄ちゃんもそのストレスで疲れ果てて荒れていて、喧嘩するとすぐ手が出るワルになって、そのうち家出してどこかに行っちゃいました。

――厳しい環境ですね……。

3Li¥en 家の中にずっと「アーメン、アーメン」って叫び声が響いてるから、気まずくて家にいたくないんですよ。それで私も家出を繰り返して、朝までクラブで遊ぶワルギャルに走ってしまいました。

高校時代の3Li¥enさん

 でも、お金がないから高校の学費(音楽科は毎月2万円くらいかかる)や制服代、携帯代は自分で稼がなきゃいけなくて。田舎の飲食店で働いてコツコツ稼いでいました。見た目もつけま2枚重ねして爪をめっちゃ長くして、日本のギャルカルチャーにどっぷり染まってまっしぐらでしたね。おとんは病みすぎて、私の高校の入学式にも来られませんでした。