――制作会社ではどんなことを?

3Li¥en 私が英語と日本語を喋れたので字幕の翻訳をしたり、BreakingDownや沖縄のボクシングの試合のカメラマン、画面を切り替えるスイッチャーをしたりして、カチャカチャ編集をやっていました。

 その時にずっと番組に出ていたボビー・オロゴンさんの編集も担当してて、ルーツの繋がりを感じて面白かったです。

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ナイジェリアの家族

ビートを渡されその場でリリックを書き

――そこからどうやってラッパーの道に進んだんですか。

3Li¥en 会社の部長がピックアップしてくれたんですけど、上司が2メートルくらいあるドデカいコンゴ人だったんです。その人がカメラや機材の使い方を色々教えてくれたんですけど、「家にレック(レコーディング)スタジオがあるから録音しに来ない?」って誘われてついていきました。スタジオでビートを渡されて「リリック書いてみて」と言われて、その場でリリックを書いてスピット(ラップ)したら、「お前ラッパー向いてるよ、いけるよ!」ってめちゃくちゃ褒められたんです。

――未経験なのにその場でリリックを書けるなんてすごいですね。

3Li¥en 高校時代、クラスで一人ぼっちで浮いていた時に、ノートにずっと詩を書いていたんです。詩集を読むのも好きで、自分の大声では言えない奥底の気持ちを書ける唯一の場所が「詩」だった。その高校生の頃のテクニックが、今のリリック作りにめちゃくちゃ移って活きてるんやと思います。

 

口説き始めた上司に人生で初めて「ノー」

――音楽活動はその上司と進めたんですか。

3Li¥en 毎日レッスンを受けてやりがいはあったんですけど、そのコンゴ人の上司がだんだん男を出して口説いてくるようになって、やましくなってきたんです。ちょっと気まずいししんどいなと思って、人生で初めて「ノー」というバイブスを出して辞めようとしたら、「お前、俺から離れたら二度と売れへんからな。いいラッパーになれへんぞ」って脅し文句みたいに言われて。

 でも私は元カレのおかげで自己肯定感が爆上がりしてたので、「いや、それは違うかも。私は売れるし」と思ってサヨナラってドロンしました。その後に別のクラブ友達に相談したら、「あんな奴無視して自分でやったらええやん! 俺がビート作ってマイクも準備するから一からやろうぜ」って手伝ってくれて、そこから自分のチームで本格的に活動を始めました。