「それにバイソンも撃ちました」と、ザッカーバーグは誇らしげに胸を張りながら、自分の話がホストの反応を引き出しているのを楽しんでいた。

「あれはすごかった。狩りなんてしたことなかったんですけどね。肉はピクルスにして、何か月もかけて食べました。でも、一番よかったのはここからです。私たち頭を剥製にして、シェリルのオフィスに置いたんですよ。彼女、そりゃあもうご機嫌ななめでした!」

 あの手ごわいシェリル・サンドバーグ〔当時のフェイスブックの最高執行責任者(COO)〕が何も知らずにオフィスに入ってくるその光景は、映画『ゴッドファーザー』の馬の生首のシーンを思い起こさせる。私たちはその場面を想像して、全員が吹き出した。ただし、作り笑顔を貼りつけたままのザッカーバーグと、彼の同僚ダン・ローズは別だった。ローズは「その話なら前に全部聞いたよ」と言いたげな、退屈そうな顔をしていた。

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イノベーターの奇行

 私は窓の外に目を凝らした。ワインが回って感覚が鋭くなり、いまなら東京湾の上空から魚が降っているのを見られるのではないかと完全に期待していた。ニケシュと私は視線を交わして頭を振りながら、この瞬間を共有できたことをお互いに喜んでいた。だがそうした逸話は、フェイスブックの友愛会的な企業文化や、「素早く行動し、破壊せよ」のモットーを連想させるもので、愉快ではあるが、同時に不安でもあった。べつに男子大学生限定の社交クラブ(あるいは、ザッカーバーグが通ったハーバード大の「ファイナルクラブ」)にはなんの反感ももっていなかった。とはいえ、「世界の情報権力者」を自称する者が、映画『アニマル・ハウス』でジョン・ベルーシが演じた破天荒キャラのような人物で本当にいいのだろうか?

 ザッカーバーグが自らに課した自己認識は立派なことに思えた。彼は「多くの人は、自分が肉を食べるために生き物が死ななければならないことを忘れてしまっている。だから僕の目標は、それを自分が忘れないようにすることだ」と言っている。私は、3歳のサミルが「食べるチキン」と本物の鶏は同じじゃないと一生懸命言っていたのを思い出した。幼児なりに合理化をエレガントに試みたわけで、そう考えれば、肉食に必要な根源的な盲信、つまり「動物の苦痛は人間の痛みほど道義的に重要ではない」という立場に立つのを先延ばしにできる。