「点状石灰化骨異形成症」という、日本で1人しかいない先天性の障害を背負って生まれたさしみちゃん(30)。親は送り迎えなどはしてくれたものの精神的なサポートはほぼなく「普通の人の3倍は努力しろ」と教えられ、「お前は私がいなきゃ生きていけない」と障害を突きつけ説教されることすらあったという。
過酷すぎる家庭環境や「首吊りロープを常備していた」という学生時代、実家を出てからも衝突を繰り返したという母親との関係について聞いた。(全4回の2回目)
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──ご家庭の雰囲気はどんな感じだったのでしょうか。
さしみちゃん 両親は夫婦喧嘩で手が出るのは当たり前、口論もかなり激しい言葉を使って罵り合うヤンチャなタイプでした。教育方針も気合・訓練・努力という感じで、「普通の人と一緒に生活したいなら、3倍は努力しろ」「訓練すればできないこともできるようになる」と言われてました。小学生のときには『葉隠』を渡されて武士道を学べ、とも言われましたね。
「そいつの家に行くぞ」とキレて相手の家に乗り込もうとした母親
──学校での悩みなどを相談する雰囲気ではなさそうですね。
さしみちゃん 辛いことがあっても、弱音を吐く発想自体がなかったですね。しかもお母さんは感情が怒りに行くタイプなんですよ。小学生のときに同級生に「病気がうつる」ってイジられたことがあって、私はそこまで気にしてなかったんですけど家でポロッと「○○くんがこんなこと言ってきて、うざかった」って軽く愚痴ったらキレてしまって。
──共感するのではなく、相手にキレる。
さしみちゃん そうなんです。「そいつの家に行くぞ」って相手の家に乗り込みに行きそうになって、どうにか止めて学校経由で苦情を伝えて向こうの親が謝りに来たんですけど、そんな大事になると思ってなかったので気まずくて、お母さんに話すのはもうやめようって思いました。
──テレビで見る「障害者の親」のイメージとは違いますね。
さしみちゃん 24時間テレビに出てくるような親って「一緒に頑張ろうね」みたいな感じが多いから、全然違うなって思ってました。送り迎えとかハード面で支えてくれたのは感謝してるんですけど、思春期で孤独感が強い時は「つらいよね」って寄り添ってほしいじゃないですか。でもそれが家にはなかったんですよね。
8歳離れた弟がサッカーを始めてから、両親もおじいちゃんおばあちゃんも弟のサッカーに夢中になった時も寂しかったです。

