──めちゃくちゃハードですね。
さしみちゃん 車椅子対応のバスも2時間に1本しかないからめっちゃ早く家を出なきゃいけなくて。そもそも美大って授業外の課題だって多いのに授業は詰め込みになるし、お金も稼がなきゃいけないのも本当にきつかったです。それまで周りに障害者がいない中で「なんとかしなきゃ」って気持ちだけで進んできたんですけど、体のせいで直面する障壁は明らかにある。今後もこの体で生きていくことは確定してるのに、もう限界だなって思っちゃって、リストカットしたり部屋に首吊りロープを下げて生活してました。死のうと思えばいつでも死ねる状況を作っておくことでなんとか保ってたんです。
──この頃もご両親は支えになってくれなかった?
さしみちゃん 両親とも大学に行ってないので、私が大学で何してるのかもよくわかってなくて、私としてはかなり頑張ってたのですが、遊んでると思われてたみたいです。それどころか母親とは喧嘩になると「お前の世話をしてやってるのは私なんだから感謝しろ」って何度も言われましたし、「歩けない私が悪いです」って謝らないと許してもらえなくて。
──激しいですね。
さしみちゃん 当時の言い合いは売り言葉に買い言葉な部分もあったと思うんです。でも実家を出てからも母親から障害を突きつけられることもあって。
何度も言われた「お前は私がいなきゃ生きていけない」
──突きつける?
さしみちゃん 実家に帰ったときに、母親から「地元に戻ってきたら」って話をされたんですけど、私としては東京で仕事して一人で生活してるから戻る必要がないですよね。でも母親も引かなくて、話し合っても埒が明かないから「もう帰るね」って言ったんです。そしたら母が「これから障害が重くなっていくかもしれないのに、一人で生きてるヅラをするな」って車椅子のバッテリーを抜いて。
──かなりひどい一言だと思いますが。
さしみちゃん 言い争うたびに「お前は私がいなきゃ生きていけない」って何度も言われてきましたけど、もう実家を出て経済的にも生活面でも自立してるのに、私の力を意図的に奪いながらまた同じことを言うんだって。わかってほしい人にわかってもらえないのがつらいから、たとえ大変でも一人で東京で生きていく覚悟をしましたね。
──現在のお母様との関係は?
さしみちゃん 衝突を繰り返して人間として合わないことがお互いにわかったので、過干渉気味だった母親もほどよく距離感を持ってくれるようになりました。私が出張のときに実家に犬を預かってもらうので、犬を介してなんとかコミュニケーションをとっている感じですね。親の人生と私の人生は全く違うから、お互いそれぞれ元気でやってればいいんじゃないかなって思ってます。
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