クインシー・ジョーンズが目論んだ黒人歌手と白人歌手の連帯によるアンセム

映画『Michael/マイケル』より。マイケルをキング・オブ・ポップの座に押し上げたのはクインシー・ジョーンズ(ケンドリック・サンプソン)の力が大きかった。
®︎, TM & ©︎ 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 さて、多くのスーパースターが同時に集まれる日は、たった1日。1985年1月28日に行われた「アメリカン・ミュージック・アワード」の授賞式当日の夜だ。そこですべてのレコーディングが行われたのである。

 一筋縄ではいかない個性豊かな面々。歌う順番、立ち位置からソロパートの振り分けに歌い方のディレクションまで、レコーディングは難航を極めた。シンディ・ローパーのアクセサリーが絡まったり、ボブ・ディランが歌い方を忘れたりするなどのアクシデントもあった。

 その様子の一端はドキュメンタリー『ポップスが最高に輝いた夜』でかいま見ることができる。

ADVERTISEMENT

 ともかく、ソロパートを歌った黒人歌手と白人歌手は、それぞれ12名と13名。クインシーの盟友トム・ベーラーによる渾身のボーカルアレンジメントである。黒人と白人がともに、世界がひとつになることを祈ることで、アカデミックな(今の言葉にすれば「意識高い系」)白人ミュージシャンだけのバンド・エイドによる「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」から、コンセプト、スケール両面で上回ることもできた。

 超一流のパフォーマーたちは驚異的な集中力を発揮し、この突貫工事とも呼ぶべきプロジェクトは成功を収めた。すべての作業が終わると、ダイアナ・ロスは「これが終わってほしくない」と号泣したという。アフリカの飢餓救済という崇高な理念のもとで、成熟した大人が子供のように無我夢中に取り組んだ様子が伝わる感動的なエピソードだ。

 こうして、クインシー・ジョーンズの目論見通り「ウイ・アー・ザ・ワールド」は黒人と白人が分かち合うゴスペルソングに結実した。「レット・イット・ビー」や「明日に架ける橋」のようなアンセムを、黒人のクリエイターが新たに生み出した瞬間だった。