完全な虚構としての小説
小池 今日、桐野夏生という作家に聞いてみたかったことがあって。桐野さんは自分の中を通り過ぎていった感情みたいなものをあんまり書かないじゃない?
桐野 たしかに、全然書かないかも。
小池 たとえば死について、これまで真正面から書いたことはないように思うけれど、どこかでセーブしてる?
桐野 セーブしてるつもりはないんだけどね。親友も死んだし、私自身、死に近づいているけれど、そういう時、逆に私は死が書けなくなるのよ。私にとって小説って完全な虚構だから。
小池 その話は何かで読んだことがある。
桐野 虚構としてゼロから構築していくものだから、自分の感情は出さない。
小池 そうね。ところがですよ、新著の『もっと悪い妻』を読むと、どこのページを開いても、まぎれもなく桐野夏生がいる。
桐野 ほんとに? あれだけ虚構を作り上げたと思っていたのに。
小池 もちろんものすごく作ってあるんだけれど、私とはまた違う滲み方で桐野夏生が出てるのね。とくに面白いと思ったのは「武蔵野線」と「みなしご」。
「武蔵野線」は50代のタクシー運転手が服などのリフォームショップの年若い女性に思いを寄せる話で、「みなしご」は妻を亡くして老犬と暮らすアパートのオーナーが店子の女性と交流する話だけど、どちらも男の視点で書いてるじゃない? しかも、桐野さんが乗りに乗って書いてるのがわかる。
桐野 私、バカな男が好きなの(笑)。
小池 それ知ってる(笑)。
桐野 バカな男って本当にかわいいなと思って、愛情を持って書いてるのね。私、小池さんの短編集を読んで思ったんだけど、私のほうが確実に男に対する愛情があるなって(笑)。
小池 そう、そのあなたの愛情が短編に滲んでるのよ。桐野夏生という作家は時に誤解を受けやすくて、よく知らない読者はある種の先入観があるのか、桐野夏生イコール男を嫌悪している、フェミニズム的な書き手であると……
桐野 と、よく思われてるけどね。
小池 実は全然違うよね。前も言ってたじゃない? 夕方の電車の中でくたびれたサラリーマンが襟が汗で汚れてるシャツを着て……
桐野 (新聞をめくる仕草をして)こうやって夕刊紙持って?(笑)
小池 そういう男を見てるとすごくいいって(笑)。
桐野 うん、色っぽい。私はダメで弱い男が好きなだけ(笑)。だから、立派な男が書けないのよ。小池さんの「夜の庭」が好きなのは、豪邸に暮らす、堂々たる骨董商の男が、若いお手伝いの女性に手淫を手伝わせるでしょう。しかもそれが原因で死んじゃから、もう哀れで、感動しちゃって(笑)。でも、いかにもありそうで面白い。
小池 あの作品は書いていて楽しかった(笑)。私たち世代の女の作家って、ウーマンリブやフェミニズムを通り過ぎてきたから、ややもすると「女の味方」的な価値観が出てしまいがちなんだけど、桐野さんは男女のことをすごく冷静に見てるよね。
桐野 かなり引いて見てるつもり。小説で何かを啓蒙しようなんて思っていなくて、ただただ人間が生きてるって面白いことだなと思いながら書いてる。
ホモソーシャルの罪
小池 桐野さんらしいアイロニーが炸裂しているのが「悪い妻」と「もっと悪い妻」ですね。「悪い妻」はバンドマンを夫にもつ若い妻を、「もっと悪い妻」は夫がIT会社勤務で自分はウェブデザイナーをしてる女性を描いてるけど、両方とも全然“悪い妻”じゃないのよ。
桐野 この時代、「女」には割とみんな寛容なのに、「妻」となると急に「悪妻」とか「愚妻」とかいろいろ言うじゃない? そういう空気にちょっと抗いたい気持ちがあって、逆説的に「悪い妻」という題で書いてみたの。
小池 まったく悪い妻じゃなくて、むしろかわいい妻だし。
桐野 ごく普通の人だよね。
小池 とくに「もっと悪い妻」の麻耶のしてる行為なんて、よくあることじゃない?って思った。犬を飼っている家庭に猫をもらう話が舞い込んでくるのもリアルだし、どこにでもある日常が淡々と描かれている。それを「悪妻」とか「良妻賢母」なんて言葉で規定していくのは、男たちの勝手な理屈だなと。
桐野 そう。実際に「悪妻」と噂を立てられる人を見るとわかる。たとえば夏目漱石夫人の鏡子とか、開高健夫人の牧羊子さんがそうなんだけれど、才能ある男の周囲にいる男友達グループによって貶められていくケースが多いのよ。牧羊子さんは開高健より7つ年上で、デキ婚だったから、「開高健の素晴らしい才能をこの女がつぶしてる」などと作家仲間に悪口を言われてしまう。その結果、文学史に「悪妻」として残っていくわけです。自分たちの仲間を賛美したり、共同体の結束を固めるために、その「妻」を貶めるのは本当に卑怯だし、気持ち悪い構造だなと思った。
小池 結局、ホモソーシャル(男の絆)がすべての元凶だよね。
桐野 そう、すべての元凶。自分たちで自分たちの利益を守って、一方で女には「内助の功」を求めて。
小池 男の友情だかなんだか知らないけれど……。
桐野 ケッて感じね(笑)。
小池 うちは夫婦ともに作家だったでしょう? 世間から見るとどうしても男の側の分が悪いというか、妻のほうが目立ってしまうところがあったと思う。たとえば同時にインタビューを受けたとして、話す内容以前に、私が女であるということだけで、メディアの扱いが変わったりとかね。
桐野 なるほど。
小池 それで、ホモソーシャル的な見方をする男たちからすると、私は、「悪妻」とまでは言われなかったけれども、「藤田さん、気の毒。せめて作家じゃない女の人と一緒になればよかったのに」というニュアンスの空気はありましたよ。
桐野 それは嫌だね。
小池 そんなこと言われたってしょうがないのにね。お互い承知で一緒になったんだもの。桐野さんのところはどう?
桐野 うちの夫はずっと普通の勤め人でしたからね。リタイアして、今は完全に退職おじさん(笑)。
小池 桐野さんだけが仕事を続けていることに理解はある?
桐野 幸い、夫は私の仕事に関心がなくて、マイペースな人だから楽だった。ただ、家を建てる時とか、私が建築業者にあれこれ頼んだりするでしょう。すると「奥さんが威張ってかわいそう」という目でみんなが夫を見てるのがわかる。別に私、威張ってるつもりもないんだけど、やっぱり家を建てる時は男が出る、車を納車する時は男が出る、みたいな空気があるじゃない? そういう時、ホモソーシャルな同情が夫に集まるのを感じる。
小池 わかる! 何でしょうね、あの「家と車は男のもの」的な価値観は。
桐野 あと、私は兄と弟がいて、男兄弟に挟まれてるのよね。ある時、兄と弟が、私みたいなきつい女とよく結婚してくれたと、うちの夫を賞賛しているのを聞いて、私、心底驚いたの。こんな変な男と結婚してあげた私のほうが褒められるべきなのに、なんでよって(笑)。
小池 アハハハ、おかしい。
桐野 そのぐらい、男と女の間にはわかりあえない壁がある。実の兄弟でも。
(2回目へ続く)
桐野夏生(きりのなつお) 1951年金沢生まれ。2023年『燕は戻ってこない』で毎日芸術賞、吉川英治文学賞。近著に『ダークネス』『眠れぬおまえに遠くの夜を』。
小池真理子(こいけまりこ) 1952年東京生まれ。2013年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞を受賞。近著に『アナベル・リイ』『ウロボロスの環』。
