「正直、歌うことが怖かったんです」
そう語るのは、アイドルグループ「カントリー娘。」の初代リーダーとして活動していた小林梓さんだ。1999年、デビューを目前に控えていたカントリー娘。は、メンバーの柳原尋美さんが自動車事故で亡くなるという悲劇に見舞われた。同年、小林さんもグループを離れ、芸能界を引退した。
その後、長い年月を経て芸能界に復帰したが、マイクを握るたびに当時の記憶がよみがえったという。それでも彼女は再び歌う道を選んだ。現在も歌手活動を続け、今年9月には単独ライブも予定している。
あの日から27年――。辛い経験をしても芸能界に復帰した経緯や、今もステージに立ち続ける理由、メンバーのりんねさんとの再会などについて伺った。(全4回の3回目/最初から読む)
◆◆◆
「亡くなった彼女の夢を継げるのは、あなただけじゃないか」
――グループ脱退後、芸能界から距離を置いていた時期は、どのように過ごされていましたか。
小林梓さん(以下、小林) しばらくは自宅で療養して、数年間は仕事もできませんでした。両親は無理に励ますこともなく、何も言わずに見守ってくれていました。その存在には本当に救われたと思います。
――「元アイドル」という経歴をお持ちだったからこそ、苦労することもおありでしたか。
小林 「普通に生きるって何だろう」と考えることはありました。それまで芸能界しか知らなかったので、自分がどう生きていけばいいのか分からなくなることもありましたね。
――数年間の療養を経て、再び芸能界に戻ろうと思われたきっかけはどのようなことでしたか。
小林 脱退後にいくつかの事務所さんからお声を掛けていただいたのですが、大病と精神的な辛さが重なり、ずっとお断りしていました。
そんな時、知り合いの芸能事務所の社長さんが、「もう一度芸能の仕事をしてみませんか」と、声をかけてくださったんです。何度も誘っていただいたのですが、やはり最初はお断りしていました。
それでも、何年もかけて家まで足を運んでくださって、「あなたが活動しなかったら、誰が彼女の代わりに夢を叶えてあげられるの? 亡くなった彼女の夢を継げるのは、あなただけじゃないか」と言われたんです。その言葉をきっかけに、もう一度挑戦してみようと思いました。

