「正直、歌うことが怖かったんです」

 そう語るのは、カントリー娘。の初代リーダーとして活動していた小林梓さんだ。1999年、デビューを目前に控えていたカントリー娘。は、メンバーの柳原尋美さんが自動車事故で亡くなるという悲劇に見舞われた。 同年、小林さんもグループを離れ、芸能界を引退した。 

 その後、長い年月を経て芸能界に復帰したが、マイクを握るたびに当時の記憶がよみがえる。それでも彼女は再び歌う道を選んだ。

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 小林さんは今、どんな思いでステージに立ち続けているのか。今年公表した乳がんの治療について、そして現在も治療と向き合いながら歌手活動を続ける理由について教えてもらった。(全4回の4回目/最初から読む)

小林梓さん ©︎細田忠/文藝春秋

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乳がんだと告げられ、「やっぱりそうだったか」という気持ちが…

――今年2月、ご自身が乳がんであることを公表されました。診断を受けてから公表に至るまで、ご自身の中ではどのような葛藤や迷いがあったのでしょうか。また、最終的に公表を決断した理由についても教えてください。

小林梓さん(以下、小林) 本当は、公表するかどうかも悩みましたが、ファンの皆さんにはきちんと伝えたいと思いました。病気について調べている時、一番知りたい情報になかなかたどり着けなかったんです。それなら自分の経験を発信することで、誰かの役に立てるかもしれないと思いました。

 私の場合は、乳がんの結果が出る前の2、3ヶ月、待っている時間の方が先の見えない恐怖や不安に押しつぶされそうでした。実際に告知を受けた時は、まるで自分だけが別の世界へ行ってしまったような孤独を感じました。

 だけど、診断が下ってからの方が、むしろ前向きになれました。病気が分かってからもツアーの予定を組みましたし、できることは続けていこうと思っています。

©︎細田忠/文藝春秋

――診断を受けるまでにも長い時間があったのですね。実際に乳がんと告げられた時は、どのようなお気持ちでしたか。

小林 実は5~6年前から石灰化を指摘されていたのですが、検査でも良性だと言われていました。ところが昨年再検査になり、最初は「またいつもの検査かな」と思っていたのですが、どんどん検査が増えていって、「これは違うのかもしれない」と感じ始めました。

 診断された時はショックというより、「やっぱりそうだったか」という気持ちの方が大きかったですね。先生からは「悲観的にならないでね。初期だから大丈夫だよ」と言われましたが、やはり苦しかったです。