当時のことを思い出すのが怖くて歌えなかった

――大きな決断だったと思います。芸能界に復帰された際には、どのような活動をされていましたか。

小林 歌うと当時のことを思い出してしまうので、復帰してからもしばらくは役者の仕事を中心にしていました。

 正直、歌うことが怖かったんです。ライブをすると、温かい言葉をかけてくださる方もいれば、当時のことを聞いてくる方もいましたし……。

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 ただ、今音楽活動を続けていく中で、カントリー娘。時代を知らない方もファンになってくださることは、とてもありがたいと思っています。

©︎細田忠/文藝春秋

――カントリー娘。はその後もメンバーが入れ替わり、カントリー・ガールズとして2019年まで活動していました。活動を続ける中で、今もカントリー娘。を続けていたら、と想像されたことはおありでしたか。

小林 実はあまりないんです。私の中では、当時カントリー娘。は別のグループとして見ていましたし、療養中はなるべくアイドルグループ自体を目に入れないようにもしていました。

 ただ……。尋美が亡くならず、あのまま3人で活動を続けていたら、どうなっていたんだろう?と考えることはありました。

自分の好きな世界観やファッションを表現できる音楽をやりたい

――そうした思いを抱えながらも、現在のライブやミュージックビデオでは、カントリー娘。時代とはまた違う独特の世界観を表現されています。こうしたスタイルはどのようにして生まれたものなのでしょうか。

小林 子どもの頃からマリー・アントワネットの世界観が大好きで、母の好みもあってロココ調の家具やレース、フリルに囲まれて育ちました。その影響をそのまま受け継いだのだと思います。

 近年はお寺や神社のライブがメイン活動になり、改めて日本の歴史などを学びながら和装の衣装が増えましたが、元々はゴシックロリィタと球体関節ドールが好きで耽美な世界観を表現していました。

小林さんの最新楽曲「十六夜の夜」のカバービジュアル

――現在の活動を拝見すると、音楽だけでなく衣装やビジュアルにも小林さんならではのこだわりを感じます。

小林 ありがとうございます。私がアイドルをしていた時代は、今ほどロリィタファッションが一般的ではなく、衣装として着られる機会もほとんどなかったんです。だからこそ、好きな歌を歌うなら、自分の好きな世界観やファッションを表現できる音楽をやりたいと思い、現在のスタイルになりました。シンフォニックメタルからポップな曲までコンセプトに合わせて歌っています。

 ソロになった当初は、今のようにバンドサポートメンバーもいなかったので、ライブの時はそれぞれのパートにプーリップという球体関節ドールを並べて歌っていました。今はライブの時はサポートしてくださる方がいるので、自分と同じ衣装を自作して同じ姿をしたドール1体のみを必ず側に置いています。

「妄想プロローグ」というシングルのジャケットでは、ずっと憧れていた人形作家の清水真理さんのドールとコラボさせていただきました。