「若さ=価値」と気付き、焦る中で「闇バイト」に出会ってしまった
風俗で稼いだカネの大半は遊興費に消えたが、山田がこの頃から始め、フィリピンに渡って以降も続けたことがある。毎月30万円の母への仕送りだ。
山田は一人暮らしを始めてからも、時折川越の自宅に戻っていた。母の体調が悪化していて、様子を確認する意味もあった。
川越で過ごした学生時代は、美しい思い出ばかりではない。母に対しても複雑な感情がある。しかし、たった1人の肉親には少しでも良い生活をして欲しかった。自分が家族の分までひたすらに稼がなければならない。それが、山田の行動原理だった。
彼女の援助もあり、山田家は川越市の古びたアパートから東京23区内へ転居した。
22歳になった彼女が気づいたのは、自身が身を置く世界では年齢の若さ=価値に繫がるということだった。同業者を見渡してもそれは明白である。
「このまま、一生うまくはやっていけない。では、私のような人間が同じだけの収入を得るためには、何をすればいいのか」
周囲に相談しても、その答えを持つ者はいなかった。就寝前にベッドに横たわり、ネットサーフィンを始める。SNSで検索をかけていくと、「闇バイト」という言葉が引っかかった。
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こんな呟きが、SNS上にいくつも見つかった。
「売春も犯罪も、変わらない」
何気なく投稿者にDMで連絡をとってみる。すると、「リクルーター」と名乗る素性不明の男から、秘匿性の高いメッセージアプリ「テレグラム」へと誘導された。
闇バイトについて、一部のかけ子たちは「リゾートバイトの募集だと思っていた」と法廷で証言している。しかし、山田は自らの意思で応募をした。リクルーターとやり取りをしながら「そんな上手い話などあるわけがない」と、薄々気づいていたのだ。
自分が裏社会に足を踏み入れることになると、山田はこのとき理解していた。ただし、それまでの生活との線引きは曖昧であった―というのが彼女の主張だ。手紙には“境界”をこのように記している。
「売春で生活するのも、犯罪で生活するのもあまり変わらない、と当時は思っていました。だから、闇バイトに抵抗はなかった。私は仕事とは実力主義であるべきと考えていたため、固定給は合わない。“仕事”を変えるからには、最低でも月200万は稼ぐつもりでした。普通の仕事ではなく、犯罪で稼ごうと安易に考えていたのです」
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