高級避暑地のハンプトンズで夏を過ごし、普段はパークアベニューの高級アパートに暮らす生活を楽しめたはずだが、そんなものは求めていなかった。だから、当時の妻マッケンジー・スコットを連れ、ロッキー山脈の西、パシフィック・ノースウエストへと向かったのである。

なぜ「アマゾン」にしたのか

 1994年の創業当初、ベゾスは自分の会社を「カダブラ」と名付けた。そう、あの呪文のアブラカダブラの「カダブラ」である。しかし、それを改め、「アマゾン」にした。巨大さを想起させるうえに、Aで始まる社名だと、ネット企業を並べたときに必ず上位にくる利点があった。

 少なくともこれが、ベゾスが私や他の多くの記者に押しつけた愛らしい創業秘話だった。経費節約のためにドアを机代わりに使っていた逸話までもが加えられ、繰り返し報じられているうちに事実として受け入れられていった。

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 テック業界のリーダーはこうした創業秘話を面白おかしく披露するのが大好きで、常にネタに飢えているメディアはそれにすぐ飛びつく。

 自分の書いた記事を調べてみたが、私はこのドアの逸話を伝えていなかったようである。そもそも机は安価だし、痛々しいほどのパフォーマンスで自分のイメージアップを図りたがる起業家の中でも、さらに痛々しく思えたのが、この逸話を取り上げなかった理由だったと思う。

 当時のベゾスは人に好印象を与えるのに必死で、あの型にはまった快活さの裏に、いら立ちどころか怒りを垣間見せるときがあったが、それを巧みに隠していた。当時急増中のスタートアップ企業の中で、アマゾンはまだ脚光を浴びるほどでなかったからだろう。

 というわけで、当時ウォール・ストリート・ジャーナルのインターネット分野の番記者として名が知れていた私が取材したいと言えば、ベゾスはいつでも気軽に応じてくれたし、カンファレンスやイベントでも会場を歩き回り、せっせと自分とアマゾンを売り込んでいた。

次の記事に続く 「本好きだから始めたわけじゃない」世界的大富豪ベゾスが「Amazon」で本を売りまくった【ほんとうの理由】