前出コロムビアの関係者はせいぜい1億5000万円がいいところと推定できると断言する。

「債権者会議を仕切ったのは堀尾昌志で、そのとき倒産整理屋に仕立てたのは堀尾の後、新宿のシマを譲った小金井一家新宿東初代組長の矢島武信だった。返したのは債務額のよくて3割、1億5000万円ぐらいで全部話をつけたんじゃないか。倒産の場合、返済額は平均1割以下だから、堀尾による3割の戻しでも、債権者にとっては上出来です」

細木が得た利益は9億5000万円以上

とすれば、島倉を抱え込んだ3年間で、細木はおおよそ7億5000万円をかすめ取った勘定になる。

ADVERTISEMENT

「いや、それだけじゃない」と前出のコロムビア関係者が言葉を継ぐ。

「島倉は細木のところから逃げ出し、興行権の仕切りもコロムビアに任せた。この時、細木は『こっちは島倉に興行権も返すんだから』と、コロムビアから2億円を別にもぎ取っている」

つまり細木は島倉がらみで合計9億5000万円以上を稼いだことになる。

しかも細木は島倉千代子が持っていた赤坂7丁目の高級マンション、赤坂パークハウスの1室も横取りしている。バブル期には18億円もの値がついた5LDKの高額物件を競売でわずか1億5600万円で入手したのだ。

島倉千代子は細木数子のためにこれほどひどい目に遭っている。

なのに、細木と切れた後も、なぜ島倉は細木を非難しなかったのか。

この影には堀尾昌志という男の存在がある。

島倉は細木に同居を強いられる中で堀尾とでき、深夜、堀尾の寝ている部屋にそっと入り込んで堀尾の耳元で「おねえ(細木のこと)が全然お金をくれないの」などと訴えていたという。

やくざと天国で結ばれた

細木も2人の仲に気づいていて気が揉めていたのか、当時、島倉と堀尾が間違いをしでかさないよう、島倉の手足を自分の手足に縛り付けて寝たなどというエピソードをことさらに吹聴していた。

だが、島倉と堀尾の一件は、振り返ってみれば、細木が島倉からカネを絞る補助の役割、すなわち、島倉の弱みを握ってつなぎ止めるうえでプラスの役割を果たしていたことは間違いない。細木にすれば堀尾を怒る理由は何一つないわけである。