1958年(昭和33年)、東京都江戸川区で起きた「小松川女子高生殺人事件」――事件の発端は、新聞社社会部に入った1本の電話だった。

「特ダネを提供するよ。俺が家出した女を殺したんだ」

写真はイメージ ©getty

 若い声の男はそう告げ、遺体の場所を具体的に示した。翌日、都立小松川高校の屋上の穴から、腐乱が始まった16歳の女子高生の遺体が、まるでゴミのように打ち捨てられていた。

ADVERTISEMENT

「これで2度目の完全犯罪さ」

 犯人はそれだけでは止まらなかった。葬儀中の被害者宅に遺品を郵送し、再び読売新聞社に電話をかけてきた。警察はあらかじめ逆探知装置をセットして待ち構えており、記者が意図的に相手を挑発して話を引き延ばす。

「これで2度目の完全犯罪さ。もう危ないからやらないつもりだけど、3度目は予告するよ」――男は延々と32分間しゃべり続け、その声はNHKラジオで全国に公開された。

 公開された声から犯人像が絞り込まれ、やがて捜査線上に一人の少年が浮かび、逮捕に至った。少年は犯行を認めたが、その態度はどこか芝居がかって見えたという。

 逮捕された少年の家庭環境は過酷を極めた。トタン屋根のバラックで暮らし、不安定な両親のもと、貧困と隣り合わせの生活を送っていた。

 ゲーテやドストエフスキーを愛読する一方で、社会への歪んだ不満を募らせていた彼は、やがて取り返しのつかない道へと踏み込んでいく。

 裁判では、少年の複雑な生い立ちに同情した作家や文化人、さらには被害者遺族までもが、異例の助命請願運動を起こした。

 彼らは、この事件の根底にある社会の歪みを訴えた。しかし、本当に彼だけが悪だったのだろうか。

 IQ135の頭脳で「完全犯罪」を豪語した少年。その冷酷な犯行の裏に隠された真の動機とは何だったのか。そして、本当の「犯人」は、彼自身だったのか、それとも彼を生み出した社会だったのか。

◆◆◆

 有名作家まで少年の「助命」を訴えた理由とは…【事件の本編】は以下のリンクからお読みいただけます。

次のページ 写真ページはこちら