現代の大谷翔平へと続く「日本人メジャーリーガー」の輝かしい系譜。しかし、その道を切り拓いた野茂英雄の挑戦は、決して美しいだけの夢物語ではなく、男たちの意地とプライドがぶつかり合う泥臭い人間ドラマだった。
当時スポーツ紙記者として現場にいた喜瀬雅則氏の新刊『革命前夜 追憶の近鉄バファローズ1994』(文藝春秋)より、1994年春、開幕ダッシュに失敗し不穏な空気が漂うチーム内で起きた、エース・野茂と首脳陣の「完全決裂」に迫る。(全3回の1回目/続きを読む)
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野茂と同学年・小池秀郎の乱調
1994年の近鉄は、野茂が西武相手に8回までノーヒットの快投を見せながら、3点リードの9回、守護神・赤堀が伊東に史上初の「開幕戦逆転満塁サヨナラ本塁打」を食らうという衝撃的な敗戦で開幕からつまずき、3カードを終えて2勝5敗だった。
4月19日から福岡ドーム(当時)でダイエー(現ソフトバンク)と3連戦。移動日なしで、同22日からは日生・藤井寺両球場でのオリックス3連戦が組まれていた。
開幕ダッシュの失敗を取り返す、巻き返しの6連戦。カード初戦となる19日は、92年の新人王で、3年目の右腕・高村祐が先発したが、5回途中被安打7、4四球で降板。その後を継いだのが、2年目の左腕・小池秀郎だった。
1969年3月生まれの小池は、68年8月生まれの野茂とは同学年になる。
