「だったら、俺も落としてください」

 この懲罰人事ともいえる処遇に、野茂が激怒した。博多から日生に到着した野茂は、監督室へと向かった。

「だったら、俺も落としてください」

 小池だけがペナルティを受けるのはおかしい。俺が誘ったんだから、俺も2軍へ行く。

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野茂英雄 ©文藝春秋

 そうと決めたら、もう揺るがない。そこからは、後にメジャー挑戦を決める際の経緯にも見られた野茂の頑固一徹ぶりと、筋の通らないことに黙ってはいられない心意気が見て取れる。

 その直談判に慌てたのは、鈴木をはじめとした首脳陣の方だった。

 エースを2軍落ちさせれば「なぜだ?」と騒がれる。どこか故障か、それとも、監督と何かしら揉めたのか。あらぬ噂が飛び交い、痛くもない腹を探られることになるのは避けられない。しかも出場選手登録を一度抹消すれば、再登録までには最低10日は必要になる。つまり、野茂の先発ローテーションが一回、飛ぶことになる。

 開幕ダッシュに失敗した苦境下で、さらにエースにいなくなられては、途端に投手の台所事情が苦しくなり、反撃どころの状況ではなくなってしまう。

「お前は、大事な選手だからいいんだ」

エースと監督の“完全決裂”

 なだめるつもりだったのか、首脳陣からそんな筋の通らない、妙な説得を受けたのだという。それがまた、野茂の怒りを倍増させた。

「俺も落とせ」「いや、できない」

 埒が明かない押し問答に、野茂の怒りは収まらなかった。

当時監督を務めていた鈴木啓示 ©文藝春秋

「アイツ、なんか、ものすごい形相でロッカーに戻って来たんだよ」

 阿波野は、野茂からただならぬ気配を感じたのだという。

「それは、野茂の性格からしたら、許されないことだろうな……と。俺は、あれがなんか、もう“決定打”になったような気がする。つながり、という部分でさ、信頼とか、尊敬とか、そういう部分でのつながりとか、だよな」

 2軍降格の最終決定は、当然ながら監督の権限だ。

 そのことに納得がいかないと、公然と野茂が異議を申し立てたのだ。エースの抱いた不信感は、事実上、監督との“完全決裂”を意味するといってもいい。

 事態は、こじれた。

次の記事に続く 「野茂はわがまま」「日本復帰を断つ無謀な挑戦」…95年、日本球界とメディアはなぜ“野茂英雄のメジャー挑戦”を総叩きしたのか?

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