「近鉄ってさ、門限があるようなチームじゃなかったじゃん。仰木(彬)監督の頃の流れもあって、グラウンドで結果を出せば、私生活はもう自己管理の世界だから、ナイターが終わって、夜遅くまで飲み歩くっていうのは、別に何ともない、普通のことだったんだよ」

即座に決まった小池の2軍落ち

 阿波野が証言するように、仰木監督時代の近鉄は、お酒にまつわる裏話にはそれこそ事欠かない。何しろ遠征先で連敗が続くと、球場から宿舎へ帰るバスの車中で、仰木自らマイクを持ち「気分転換や。朝まで飲んでこい」と選手たちをけしかけることすらあったという。

阿波野秀幸 ©文藝春秋

 ある日の札幌遠征中には、サッポロビール園に選手たちを集め、ジンギスカンに舌鼓。その後、生ビールの一気飲み大会が始まると「よし、一番早く飲んだヤツは、明日のスタメンだ」と仰木が音頭を取って、同じポジションの若手選手たちの“早飲み競争”を開催。本当にその翌日、一気飲みの勝者がズラリと先発メンバーに名を連ねたという。

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「面白かったですよ。ホントに一気飲みで勝った人、スタメンで出したんですから。あの時、レギュラーが決まっていた私と大石さんは一気飲みがなかったのかな。吉井(理人・後の千葉ロッテ監督)なんか、飲めないのに死ぬ気で飲んでたもんな」

 笑いながら、仰木時代の豪快エピソードを披露してくれたのは、当時の4番打者で、現参議院議員の石井だった。それが近鉄らしさであり、だから、試合後に飲み歩いての“朝帰り”でも、グラウンドで結果を出せばいいとばかりに、あれこれと咎められるようなチームではなかったのだ。

石井浩郎 ©文藝春秋

 しかし、その時に鉢合わせしたコーチ陣は、野茂と小池との“遭遇”を、監督の鈴木に報告したようなのだ。そこで問題視されたのは、小池が19日の試合で痛打され、中継ぎの役割を果たし切れずに降板していたことだった。

 結果も出ていないのに、アイツは遊び歩いている。その“結び付け”から、小池の2軍落ちが即座に決まったのだ。