「実は、あなたの母さんは…」両親から告げられた真実
ずっと胸の奥に抱えていた違和感が解けたのは、高校受験のとき。
学校経由で戸籍を取りに行くことになった。役所の窓口で紙を渡されて、ざっと目を通していく。父の名前は、見慣れた漢字でそこにある。その下、“母”と書かれた欄に、私は目を止めた。
名前の横に、小さくバツ印がついていた。
その瞬間、頭の中で答え合わせのような、「カチッ」と音がした気がした。
「ああ、やっぱりそうなんだな」
血は争えないと言われたあの日から、ずっと心のどこかに引っかかっていた違和感の正体が、紙一枚で説明されてしまった。胸の奥がスーッと冷静になる反面、足元の床だけが少し遠くなったような、そんな変な感覚だった。
帰宅後、両親が「小夜(私の本名よ)、そこに座りなさい。実は、あなたの母さんは……」と打ち明けてきた。私が2歳の時、実母は弟の出産時に、弟とともに他界したことも。
心底驚いたふりをしたわ。思えば、あれが私の生涯初めての本気の演技だった。
台本も役名もないけれど、あそこで「知ってた」と顔に出したら、この先の家庭生活がもっとややこしいことになる。だから、「今ここで驚いた娘を演じなきゃ」って、本能的にわかっていたのよ。
あの瞬間の自分を思い出すと、「役者・泉ピン子」の芽は、もうあのときに出ていたんじゃないかと思う。
感情をいったん横に置いて、「この場面でこの子はどうリアクションするべきか」を冷静に計算している子ども。ちょっと怖いけど、それが生きる術だった。
顔も知らない産みの母への思い
後になって聞いた話をつなぎ合わせていくと私を産んでくれた母は髪結いをしていて、私が2歳のときに亡くなった。父は仕事と生活に追われ、私には新しい「母」があてがわれた。育ててくれたその人が、私にとっての「お母さん」になった。
頭で筋道を立てれば、そういうことになる。でも、感情はそんなにすんなり片づかない。
私の中には、顔も知らない産みの母への思いと、目の前で怒鳴ったりため息をついたりする育ての母への戸惑いが、いつもごちゃごちゃに混ざっていた。
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