話題作を出し続け、海外でも高く評価されている日本が誇る小説家、小川洋子さん。その執筆の原点は、悩み多き思春期における、ユダヤ人少女アンネ・フランクとの出会いでした。この度、そのアンネが綴った世界的名著の魅力に迫った『小川洋子が読みとく『アンネの日記』 NHK「100分de名著」ブックス編』の文庫刊行を記念し、小川さんにお話を伺いました。(全5回の3回目)

『小川洋子が読みとく『アンネの日記』(小川洋子著)

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『アンネの日記』が発するメッセージ

――文庫版のビジュアルページでは隠れ家の住人やミープ・ヒースの写真も掲載されています。前回話に出たアンネの恋人だったペーターの貴重な写真もあります。

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小川 このペーターの写真、いいですね!

――ハンサムですよね。

小川 そうですよ~。いい青年ですよー(しみじみ)。

 ペーターが戦争で亡くなってしまったことは無念ですね。残された私たちには、日記を読むことでそれを感じ取って、今の社会でいいのか?と自問自答したりする使命が与えられているのかもしれません。なんだか無力で本当に申し訳ないという気持ちもあるし。

――ペーターのような善良な青年が、若くして理不尽に死んでいくのが戦争だと思うのですけれども、いま、時代がとてもきな臭くなってきて、世界では戦争や紛争が勃発し、日本もいつ巻き込まれてしまうんだろう、と危機感を持つ人は国内でも増えてきています。小川さんご自身は、この世界情勢と日本を取り巻く状況について、どのようにご覧になっていますか。

小川 このナチスの時代に人類は最大の過ちを犯したといってもいいのに、それを経て、なおまた戦争するのかっていう事ですよね。ミープ・ヒースさんやアンネの父オットー・フランクやペーターみたいな人々の善良さと、今まさに戦争に導いている政治家やそれで儲けている人たちの人間性を考えると、それが同じ人間だと思うと、ちょっと信じたくないというかね。なんて言うのかなぁ、ややこしい人生観や政治観や宗教観、そういうことはとりあえず脇に置いて、人間が持って生まれた善なるものに従って生きればいいのに、なんでこんなに人が人を憎んだりしなくちゃいけないのか、ややこしいことをしなくちゃいけないのか? はっきり言って、私にはそれがさっぱり分からないですよ。幼稚園の子どもだってね、人を傷つけちゃいけないってことを知っているのに。

――シンプルなことですよね。

小川 ほんとシンプルですよ。大変シンプルなところに立ち戻ってもらいたい。まぁ、そういうことを言うと「お花畑だ」とか言われちゃうんでしょうけど(笑)。

――でもやっぱり、『アンネの日記』からは、戦争は絶対にいけないものだよ、ということがシンプルに伝わってきます。

小川 そうですよね。いまイスラエルが攻撃しているガザの人、イランの人たちの中にも、理不尽さの中で、声なき声を閉じ込めている人も大勢いるでしょう。それは国籍がどこだからとか、宗教は何を信じているのかとか、関係ないんですよね。

 だから『アンネの日記』を読んで、「アンネがかわいそうなのは分かった。でもユダヤ人だろう? じゃあ今イスラエルのやっていることはどうなんだ」と短絡的に言う人がいたとしても、そう言う彼らのためにも、これを文学として、みんなに受け入れてもらいたい。この本を政治的な道具に決して使わないでほしいと思って、今回、『小川洋子が読みとく『アンネの日記』』を出したんです。

小川洋子さん。 写真:鈴木七絵