――ほぉ!

小川 そしたらそこに、野生の真っ白なうさぎが2羽、ぴょんぴょんぴょん!と来て……2羽は悪さするわけでもなくワインを眺めていたんです! まだスマホもない時代で写真にも撮れなかったんですけど、そういう予想外のことが起こるんですよ~(笑)。素晴らしいですよね。

――えー! まるで映画のような不思議なワンシーンですね。小川さんが何かを引き寄せるのでしょうか……。

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アンネ・フランク。 写真:アフロ

小川 「感謝」という言葉がさきほどインタビューの途中で出てきましたけど、このうさぎを連れてきたのは誰なんだ? といったら、もうそれは偶然としか言いようがないですよね。だからその、連れてきてくれた何者かに、感謝するしかない。

――そこも「感謝」なんですね……!!

小川 そうですよー。その工房では、大学出たばかりくらいのジーンズの作業着姿の助手の若い女性がいて、チェンバロを弾いてくれましてね。後で、「彼女はこうだった、ああだった」と編集者たちと話したのですが、こうやって複数の目で見たほうが、その人の色々な面が見えてきて小説を書くには良いのです。この取材を通して、彼女が持っている初々しさや、バロック時代のチェンバロという鍵盤古楽器を愛する女性の見方を知ることができて、なにかそこで小説の登場人物が立ち上がってくる感じがありました。

写真:鈴木七絵

 アンネも、隠れ家でみんなで楽しくイチゴジャムを作る場面を日記に綴っていますね。このシーンは群像劇なのですが、たくさんの登場人物を描き分けています。すでに15歳で観察者の目を持っていたともいえる。それは作家に一番必要な能力です。自分が思っていることを書く前に、傍にいる人たちがどういうふうに振舞っているかということを観察して、どう描写したらその人の内面が現れるか、ということをユーモアさえ交えて描写している。ですから、作家になった自分からすると、彼女は本当に作家の才能があると思うんです。

 はじめて中学生で読んでから今に至るまで、そしてこれからも、私にとって『アンネの日記』が大事な本ということに変わりありません。こうやって皆さんにこの本をご紹介すること自体が喜びです。『アンネの日記』と出会えて、本当に幸せでした。

『アンネの日記』は色々な読み方ができると思いますが、いまを生きる現在の自分に引き寄せて読むこともできます。そして、アンネやペーターといった死者たちの声を聞き取る責任が、のこされた私たちにはあるのだと思うのです。『小川洋子が読みとく『アンネの日記』』を、より深く、名著を読むための道しるべにしていただけたら、とても嬉しいです。

増補新訂版 アンネの日記 (文春文庫)

アンネ フランク,深町 眞理子

文藝春秋

2003年4月10日 発売

妊娠カレンダー (文春文庫)

小川 洋子

文藝春秋

1994年2月10日 発売

やさしい訴え (文春文庫 お 17-2)

小川 洋子

文藝春秋

2004年10月8日 発売

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫 お 17-3)

小川 洋子

文藝春秋

2011年7月8日 発売

サイレントシンガー

小川 洋子

文藝春秋

2025年6月20日 発売

からだの美

小川 洋子

文藝春秋

2023年3月7日 発売

最初から記事を読む 「作家になった原点は『アンネの日記』」小川洋子さんが思春期に出会った世界の名著