私自身、そのつながりに助けられましたから。いろいろな人が私を紹介してくれて、「やらない?」って声を掛けてくれたことで、フルートを続けられた。その中で、どうやって自己プロデュースしていくかが求められる。それで私はベンチプレスにたどり着いたところもあるんですけど(笑)。

ベンチプレスの練習をする上原さん 本人インスタグラムより

35歳で人生をリスタートした矢先にコロナ禍となり収入がゼロに

――意外でした。音楽家の方にもそうしたスキルが必要なんですね。

上原 おまけに、私は日中に働いていたから、段々と体がもたなくなってきてしまって、あるとき精神的にズドーンと落ちちゃった。会社でもトラブルがあって、このまま続けていたら、せっかくプロオーケストラの一員になれたのにダメになると思って、35歳のときに会社員を辞めました。フリーランスの音楽家として人生をもう一度リスタートしようと。

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 振り返ると、私は10年かけて保険の仕事と音楽の仕事をずっと天秤にかけ続けてきたんですよね。もっと早い段階で決断すれば良かったと思うんですけど、考え方次第では、「自分は何がやりたいんだろう」とごちゃごちゃと考えてきたその時間も、今を形作るうえでは大事な時間だったんじゃないかなって。だからこそ、35歳になったときに背水の陣で挑むことができた。ただ……そのタイミングですぐにコロナ禍になってしまって。

――音楽イベントも不要不急と見なされてしまった。

上原 収入もゼロになりました。何かしらお金を稼がないといけないと思って、近所の農家さんでアルバイト。それだけでは足りないので、水商売の世界で夜職も始めました。

 ママが音楽を愛するとても素晴らしい人で、ピアノが置いてあるお店だったんですけど、最初はピアノに合わせて、私はフルートを吹かせていただいていたんですね。お酒を飲みながらお客様が演奏を聞ける素敵な空間なんですけど、あるときキャストの女の子が足りなくなって、ママから「麻衣、手伝って」って。私も人と話すのが好きなので、気が付くとキャストとしても働くように(笑)。

 ママもお客様もめちゃくちゃ愉快な人たちばかりなので、辞めるに辞められず、今も車で1時間半かけて働きに行っています。私がベンチプレスの大会に出ると、みんな応援して、遠征費をカンパしてくれたり。本当にありがたい場所で。

筋肉美が話題になった写真 本人インスタグラムより

――ハンドメイドというか、温かい空間なんだなということが、笑顔で話す上原さんを見て伝わってきます。

上原 そういう場所で働いていますと公表することを、最初は私自身、迷いました。だけど、一生懸命応援してくれる人たちがいるのに、「隠す」というのは、とても失礼だなと思ったんですね。だから、以前受けたインタビューでもオープンにしても大丈夫ですと伝えました。

 私一人ではフルートを続けられなかったし、並行して行っているベンチプレスも続けられなかった。たくさんの人に支えられて、今の私がいる。ベンチプレスにしても、コロナ禍での出会いがあったからです。待っているだけでは何も変わらない。自分から動いてみることで、新しい出会いや道が開けるんですよね。

次の記事に続く 「音楽で世界一は難しい」と悟ったフルート奏者→30代後半でベンチプレスに挑戦したら…110kgを挙げて“世界金”を獲るまでの「人生逆転劇」

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。