それでも、駅の自由通路を東口に向かって歩いてゆくと、いくらかターミナルらしさを感じさせてくれる。東口には自由通路とペデストリアンデッキ直結の商業施設がある。コンビニやチェーンの飲食店などが入っている、よくあるタイプのものだ。デッキの下には大きな駅前広場。バス乗り場には長い行列ができていた。

 そしてそんな駅前広場の端っこに、やっぱりいました家康公。家康が馬印に用いたという「厭離穢土 欣求浄土」の文言とともに、若き日の家康公。正確にはまだ徳川家康ではなく松平元康と名乗っていた時代の武者姿。駅に背中を向けているし、人通りの少ない隅っこにあるというのが気にはなるけれど、やはり岡崎は家康の町、なのである。

松平元康(徳川家康)像。家康は1542年に岡崎城で生まれた

結婚式場、タワマン、ビジホはあるが…

 そんな若き日の家康公が見つめる先は、ララシャンスOKAZAKI迎賓館という結婚式場だ。ここで式を挙げるカップルは、家康公にも祝福される。きっと天下が取れそうだ。結婚式場の前には、「出会いの杜公園」という公園が広がっていた。

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右に見えるのが結婚式場のララシャンスOKAZAKI迎賓館
結婚式場の前には「出会いの杜公園」

 橋上駅舎はともかく、商業施設や駅前広場、また結婚式場、公園などの様子を見ると、どうやらこれらは再開発に伴って比較的最近になってできたものなのだろう。それでも、これが38万都市の駅前だ、と言われるとちょっと首をかしげてしまう。バス乗り場には列ができているけれど、それ以外には人通りも少ないし、ターミナルらしい活気に乏しいのだ。

 その印象は、駅の周囲を歩いても変わらない。結婚式場の前の公園を抜けると、そこはもうすっかり生活道路。その東には交通量の多い県道が南北に通っているのだが、歩いている人はあまり見かけない。