本来、就活するタイミングなのに“歩く練習”

――「これができなくなったことがつらかった」ということを強いてあげるとしたら?

かわけい 当時だと就活ですね。3年生の終わりだったので、大学の一番の集大成というか、いい企業に入るっていう、就活のタイミングに、幼稚園に行く子でもできる、歩く練習をしていたので。それが何よりもきつかったかな。

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――卒業は問題なく?

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かわけい 卒業はしました、ちゃんと。その前に単位をほぼ取っていて、あとは卒業論文と数単位だけだったので。

――就活はどのようなところを考えていましたか?

かわけい スターバックスでもバイトしていてお酒も好きだったので、食品メーカーや商社、あとは消防士もちょっと視野に入れていました。高校の頃は商業科だったので、大学に行く人がほとんどいなくて、どっちかというとそのまま就職する人が多かった。自分もそのまま消防士になろうと思っていたんですけど、水泳の推薦で大学が決まったので「絶対行った方がいい」と言われて、行って。

競技用義足との出会い 思わぬCMデビュー

――パラ陸上で見かける、バネみたいな義足も使ったことはありますか?

かわけい その義足は“ブレード”というんですが、退院してすぐに開催されたイベントで、初めて体験しました。そのとき東京ガスが来ていて、CM出演が決まったんです。まだ脚が慣れてない状態だったので、練習してから撮影しました。

――それがデビューになるんですか?

かわけい デビューといえば、デビューかもしれないですけど、当時はまだTikTokも発信してなかったんで、僕のことは誰にも知られてなかったんじゃないかな。

――ブレードは義足ユーザーなら誰でも体験できるんですか?

かわけい 義足製作所に、国家資格を持った義肢装具士がいるんですけど、その人が主宰している義足の人たちで走ろう、という趣旨の「スタートライン」という団体に入ったので、ブレードを履くイベントに参加することができました。

 ブレードは走る用の義足だから、原則として趣味の範疇とされていて、保険の適用外。百何十万円もするので、すぐ買えるという人はほとんどいない。だから、まずは体験できるイベントに行って「それでも走りたい!」と望んだ人が購入します。

 僕の場合は、東京ガスのCM撮影のためだったので、広告費の部分で作ってもらえました。

――ラッキーでしたね。ブレードは今でも使えるんですか?

かわけい 使えますね。でもブレードの義足でスクワットをやったら、部品のネジがバーンって破裂してしまって、ガクンとなって、大けがをして。今はやらないようにしてますけど、当時はパラ水泳の競技をやってたんで、トレーニングのために使っていました。

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 義足をつけて再び歩き始めたかわけいさんは、やがて競泳の世界へ戻り、東京パラリンピックを目指すまでになる。しかし、その先には思いもよらない転機が待っていた。

写真=細田忠/文藝春秋

第2回へつづく

次の記事に続く 「足をもう一本失わないと学ばないんですね」痛烈な中傷コメントも…脚を失った動画クリエイター(28)が「義足を見せる」と決めるまで

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。