安田 実はこちらも優秀だったりします。名古屋大学の大学院まで留学していて、日本語は極めて流暢。取材力も高い。とにかく日本の体制のダメージになる問題、世論分断のほころびが見えている問題には何でも首を突っ込む。熊本の自衛隊基地への長射程ミサイル配備に対する反対運動とか、官邸前でやっている反政権デモ。あるいは、以前、現役自衛官が中国大使館に侵入した事件とか。そういうことがあるたびに日本にやってきて報道する。
一方で、日本社会の弱い部分に着目して、地を這うような取材もできる人です。高齢者のタクシー運転手にひたすら話を聞くとか、そういうこともすごくやっている。実は結構、記事が面白いんですよ。一番分かりやすく言うと、「脅威の度合いで言えば、敵に俺がいると思え」。つまり私が中国側にいる感じです。
──それは。
安田 具体的には、相手国言語の運用力(日本語⇔中国語)は彼女の方が上です。取材力と文章力は僕の方が上。ただし、あちらは資金力が10倍以上ある。中国共産党をナメてはいけません。あちらは取材経費をアホみたいに使えます。なので強敵です。
──この問題は安全保障上の大きな脅威ですよね。現地では誰も気づかなかったんですか。
安田 たぶん、大部分の人は知らなかったですね。日本側の情報機関も、どこまで把握できていたかは怪しい。中国をウォッチしている外交・外事系の部署は、邢暁婧氏たちが日本に入国して沖縄に来ていたことは把握していたはず。しかし、『環球時報』で「東恩納琢磨」と書かれていてもピンとこないでしょうし、ショート動画まで見ていなければ船に乗せたことも把握するのが難しかったはず。
いっぽう、反対協などの市民運動をモニタリングしている国内公安系の部署は、「中国人の報道関係者らしき人物が、反対協事務局長・東恩納氏のグラスボートに乗ったこと」は、おそらく把握していた。なぜなら、東恩納氏自身が「北京からジャーナリストが3名取材に来ました」とブログに書いているので、公開情報としてチェックされているはずだからです。しかし、このブログだけでは誰が乗ったかわからない。普通に読むと「ジャーナリストが乗ったんだな」としか見えない。当然、中国共産党の宣伝機関と協力しましたと書いていたわけじゃないですので。
つまり、政府のいろいろな部署の人は個々の情報をそれぞれつかんでいたはずですが、おそらく横断的かつ総合的な理解が存在していなかった。だから分からなかった、という構図があったのではないかと想像します。もちろん、これらがただの想像で「実は政府は全部知っていた」であれば頼もしいのですが。
米軍基地の写真が撮られていた
──いっぽう、これはアメリカも関係しますよね。
安田 米軍関連なので、かなり懸念されるところです。アメリカの国務省や司法省は2020年以降、中国国営メディアの一部について、通常の独立した報道機関ではなく、中国政府の統制下にある組織だとして、大使館員と同様のエージェントであるとみなす認識をいくつも示しています。そのなかには『環球時報』も含まれます。そういう人員を船に乗せて、米軍基地周辺を撮影させた行為は、安全保障上、かなり慎重に見るべき事案だと思います。
──『環球時報』の記者が米軍基地の写真を撮っている。それが本当に純粋な取材活動なのかどうかは、やはり気になりますよね。
安田 ここは一応、法律上はセーフなんです。日本国内に「基地を写真に撮るな」という法律は別にないので。仮にBBCや朝日新聞が撮っていたなら、これは普通の取材です。しかし、これが中国の巧妙なところで、中国と西側諸国では体制の非対称性がある。
たとえば日本の記者は、国家への貢献やインテリジェンス情報の収集のために取材しているわけではない。もちろん、個人レベルでは一部にそういう記者もいるかもしれませんが、それが主目的なのは褒められることではない、邪道だという認識が社会にあります。
一方、中国では報道も党と国家に奉仕するものだという大前提がある。事実を伝えることだけを第一の目的とはしておらず、ときに別の目的が優先する。ここは大きな違いだと思います。
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