「自分で選びなさい」という親の言葉を背負い、医学部受験に破れた23歳の娘。一人暮らしの果てにハマったのが終わりのない「推し活」だった。自発性を強要する現代社会が招く新しいアディクションの実態とは。

信田さよ子さん『溺れながら生きる ケアと依存のあいだで』より、依存症(アディクション)を通じて時代の変容が綴られた箇所を一部抜粋してお届けする。#後篇

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ある母親の嘆き

 ひとりの母親がカウンセリングにやってきた。

 彼女の主訴(困りごと)は、娘の「行き過ぎた推し活」だった。23歳の一人娘との関係はもともと良好というわけではなかった。夫は理系の研究者だったし、彼女の一族は医師の家系だったので、娘にはあからさまではなかったけれど、医学部に入ってほしいという願望を持っていた。それでも、二言目には「最後はあなたが決めればいいのよ」「あなたがやりたいことをすればいい」と伝えるのを忘れなかった。プレッシャーから娘が不登校にでもなったら困ると思っていたからだ。

 さすがに小学校のお受験は避けたが、小4から塾に通わせ、名の通った中高一貫の女子高に入った。そのころから娘はあまり会話をしなくなったが、学校の成績は中程度を維持していたし、高校になってからは理系を選択した。親族からは「手のかからない子」としてずっと褒められて安心していた。

 大学受験は自分から医学部を受験すると言い出し、いくつも受けたが受からなかった。浪人して最後にひとつだけ合格したのが、自宅の近県にある薬科大学だった。彼女も夫も内心では深く落胆したが、大学近くのワンルームマンションを借りて一人暮らしをさせることにした。

 夏休みに戻ってきた娘は、とにかく授業がたいへんで忙しいと言った。少し痩せたのではないかと思った。

 ある日大学から連絡が届き、ほとんど単位がとれていないことがわかった。驚いて娘の部屋を訪れたが、娘はすっかり変わっていた。服装も髪型も、住んでいる部屋も、見たこともないほど荒れていた。

 問い詰めると、某アイドルグループのメンバーである推しをずっと追いかけているという。ファンクラブに入り、あらゆるグッズを買う。国内だけでなく海外ツアーも付いていく。仕送りだけでは足りず、旅費や宿泊費のためにバイトを掛け持ちした。食費も切り詰めていた。

 夫に報告すると激怒すると思い、彼女の貯金からお金を与え、バイトを辞めさせファンクラブから脱会することを約束させた。カードを持たせなかったので借金がなかったことだけで安堵した。

 ところが、留年した娘は授業にもついていけず、孤立した状態から推し活が復活した。親に黙って夜のバイトを始めたことも発覚した。

第146回芥川受賞作、宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)は、推しがファンを殴ったところから、主人公の人生の歯車が狂い始める。

 来談時の母親は、娘を退学させたほうがいいのか、推し活で生活が破綻した例はあるのか、親として何をすべきか、と憔悴した状態だった。3回ほどのカウンセリングを経て、結果的に娘は退学をすることになった。そして、私からの提案もあり、日本から一時的に離れるために海外の語学学校に行かせることにした。インターネットは世界共通だが、それでも推しのいる国を離れるだけでも意味があった。

 それまで距離をとっていた夫も本気で協力してくれたので、最初は渋っていた娘の日本移転作戦は実行できた。それから1年経ってやっと娘は落ち着いたという。

『溺れながら生きる 依存とケアのあいだで』(文藝春秋) 装画はエゴン・シーレ”mother and daughter”