我が子の乳房摘出の判断に揺れる父親の思い
一人になって私は考えた。そもそも17歳の子に、乳房を摘出するという判断が正しくできるのだろうか。今は、「いらない」と思っても、あとでやっぱり欲しかったと思わないのだろうか。光は、性自認が動くと言っていた。であれば、あとになって悔いる可能性はないのか。
だけど、思いつきで言っているはずはない。光は真面目な子だ。真剣な子である。一生懸命考えて、妻に相談したのだろう。軽はずみな判断はしないはずだ。そうであれば、望みを叶えてやるのが親の務めだ。万が一、後悔するなら乳房の再建手術をすればいい。
私は小児外科医だが、これまでに成人外科の研修を受けたこともあるし、大学病院からのアルバイト派遣で成人外科に通ったことも数えきれないほどある。そうした中で、乳がんの手術を何十例も見た経験があった。はっきり言って、乳がんで乳房を摘出する手術はかなり大掛かりである。決して簡単なものではない。そういう手術に17歳の子が耐えられるのか。いや、光はそれを十分に分かった上で、どうしても胸を取りたいのだろう。
しかし……と考えてしまう。胸を取りたいという光の気持ちをもっと深く聞かなくていいのだろうか。鏡に映った姿を見て悲しくなるという言葉だけで、親として手術への手続きを進めていいのだろうか。光が性別違和ということはよく分かる。性別違和の人が自分の乳房を嫌悪するというのは、専門書にいくらでも書かれている。だが、光が手術を決断するに至った考えの経緯を聞くべきではないか。
いや、そんなことをしたら、まるで私が光に「何で取るんだ」とっていると思われてしまうかもしれない。それは光には酷だろう。妻が手術に前向きということは、妻はこれまで何度も光から「胸を取りたい」と聞かされているのだろう。ある意味で、私の出る幕ではない。妻を信じ、光の決断を信じることが私の親としての責任かもしれない。
光が胸を取ったあと、光はどう思うのか。余計なものがなくなったと、あっさり思うだけかもしれない。あるいは無くなってバンザイと喜ぶのかもしれない。考えたくないが後悔するのかもしれない。でも、何年か経って胸のない人生に慣れてきた頃に、乳房切除をしたいと思うに至った気持ちを聞かせてもらえればいいかなと、自分の中で結論づけた。
私は外科医の割に優柔不断な性格だと自分で思っている。決断するまでが遅い。だが、いったん決めれば物事を迅速に進めたいせっかちな一面もある。胸を取ると納得した以上は、さっさと事を運ぼうと決めた。
私はPCに向かうと、検索を始めた。性別違和で乳房を取りたい人は、どこへ行けばいいのか。当然、保険は利かないから、自由診療をやっている特別な病院を探さなくてはならない。だが、いくら検索ワードを変えても、目的の病院を見つけることができなかった。