クリニックに入る。待合室は広くない。広くないというよりも、廊下の一区画という感じで、椅子も6脚くらいしか置いていない。予約制だからこれでいいのだろう。だけど内装は大変品格があってきれいだった。初診にあたり、私は申込書に住所とか職業などを記入していった。職業はちょっと迷ってから「医師」と書いた。
待っていると、診察室から30代くらいの女性が出てきた。いや、女性かどうか分からないが、見た目はロングヘアーで女性だった。自然と視線がその女性の胸にいく。いや、自然にと言うより、思わず目が行ってしまう。ちょっと不自然なくらいに大きな胸だったからだ。ここでは、乳腺摘出術はマイナーで、豊胸術をたくさんやっているのである。
30分くらい待って、私たちは診察室に招き入れられた。待合室とは異なり、診察室にはソフィスティケイトされた雰囲気はなく、要は殺風景な普通の作りだった。実直そうな、外科医としては中堅くらいの感じの担当医が椅子に座っている。
「乳房切除が希望ですね。分かりました。みなさん、お座りください」
親子の決断…手術は1か月半後に
私たちは医師を取り囲むように椅子に腰掛けた。
「お父さんは、ドクターなんですね。何科ですか?」
「小児外科医です。ただ、成人の外科も相当見ています。乳房切除というと、どうしても乳がんの手術のことが頭に思い浮かびます。大掛かりな手術ですから手術侵襲が心配です」
「乳がんの手術とはだいぶ異なりますよ。乳輪の下に切開を入れて、そこから乳腺と脂肪を吸引するという術式になります」
「なるほど、そうですか。17歳で手術を決めていいものなんでしょうか? 20歳まで待った方がいいとか、先生にはお考えはありますか?」
「決めるのは患者さんなので」
そうだった。美容外科というものは患者の希望で行うものであり、医学的適応に基づいて行うものではない。手術をやるのかやらないのか、それは美容外科に関しては、決めるのは患者であって医者ではない。
「もう一つだけ教えてください。先生のご経験の中で、乳房摘出をして、あとで後悔した患者っていますか?」
先生は「うーん」と小さく声をあげて空中を見上げた。
「今まで、一人だけいますね」
「……」
私はいろいろ質問しながら、やはり光の乳房摘出に抵抗感があるのだと自覚した。それは後戻りできないことをしてしまうということのほかに、17歳の光を自宅から遠く離れた東京のクリニックに一人泊まらせるのが切ないということもある。
「麻酔は静脈内麻酔ですか?」
「それに硬膜外麻酔を併用します」
それ以上尋ねることは何もなかった。私は、妻と光の顔を順番に見て、「それでいいね?」と確認した。こうして光の乳房切除が決まった。手術日は、1か月半後の9月7日を指定された。