乳房摘出手術を終えて
手術の日、妻が光を東京まで連れていった。私は妻の体力が保たないと思い、タクシーを使うように言った。およそ片道2万円という高額だが、妻の心臓病のことを考えるとやむを得ない。その日は月曜日で、いつもなら混む私のクリニックの混雑はそれほどでもなかった。ほぼ定時に診療を終わり帰宅した。妻は、ナグモクリニックのそばのビジネスホテルに泊まっている。妻からメールが届き、予定通り手術は無事に終わったと教えてもらった。でも、光が今、病床でどうしているのかと思うと心配でならなかった。
寂しがり屋の光が、手術に耐えて一人クリニックに泊まるというのはよっぽど乳房がイヤなんだろうなと改めて思った。いろいろと考えだすと、止まらなくなる。私はどうしても眠りにつけなくて、入眠導入剤を飲んでむりやり目を瞑った。
翌朝、妻がビジネスホテルからナグモクリニックへ光を迎えにいった。私が仕事を終えて帰宅すると、光は居間にいた。思わず「大丈夫か?」と聞いたが、「平気」とすました顔で漫画を読んでいた。ある意味あっけなかった。
でも光の左右の胸にはドレーン(排液の管)が入っており、ドレーンの先にはおよそ10センチメートル四方の平べったい陰圧バッグが付いていた。バッグには薄い黄色と赤い液体が少量溜まっている。私は小児外科医として数えきれないほどたくさんのドレーンを子どもに入れてきたが、自分の子にドレーンが入っているのを見るのは心が痛かった。
その後、数日ごとに妻は光を連れて東京のクリニックにタクシーで通った。ドレーンの管理を続け、やがて抜去する日が来た。これですべての治療は終了だ。妻に不整脈の発作が出なくて本当によかった。タクシー代はものすごい金額になったが、それで健康を買えるのであれば決して高価ではない。乳房摘出は、光にとっても負担の大きい治療だったが、それをサポートし続けた妻にとっても大仕事だったと思う。
光の体形はスッとストレートになった。「どう? よかった?」と聞いてみたが、光は「うん」と短く返事するだけであまり多くは語らなかった。光が満足してくれるならそれでいい。それが親の務めかなと思った。