未熟な政権は信を得られない
井上 一般的なイメージとしてはまさにそのとおり(笑)。
有働 本音ですみません(笑)。実際はどうでしたか?
井上 取り込まれるリスクと、ネタを取るために入り込むことって、本当にわずかな差なんですよ。表面をなぞるとか遠くから声をかけるだけでは、真実は掴めない。記者の仕事はものすごくハードなので、疲れてくると思考力がなくなって、取り込まれそうになった時につい「もういいか」と思ってしまう。そこで自分たちの使命を振り返り、踏みとどまれるかどうかじゃないですかね。
有働 そこで踏みとどまると、取材対象とはどうなるのですか。
井上 ジャーナリズムの一線を守り抜いて、時として親しい政治家と袂を分かつような場面も見てきました。でもそういう記者じゃないと、下も尊敬しないですし。
有働 後輩はよく見てます。
井上 上からも信頼されません。放送や新聞、出版で、政治部長とか報道局長になる人は、そこを頑張ってきた人たちじゃないでしょうか。
有働 ただ、NHKの経営委員は総理大臣に任命され、その人たちが会長を選びます。だから会長が政治部出身だとなると「政治との距離が近すぎる」と言われがちですし、それこそ井上さんは会長に就任されてから色々と言われていますよね。「支持率の高い自民党に巻き込まれるんじゃないか」と思っている視聴者に対してはどう説明しますか?
井上 放送法第一条には、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障する」「放送が健全な民主主義の発達に資するようにする」と謳われています。これを守ることは、実は政治家にとってもいいことなんですよ。
有働 どういうことですか?
井上 「NHKは国の言うことを聞かないといけない」と言うような未熟な政権は国民の信を得られないし、逆に言論空間が自由な国ほど、他国からも信頼されるわけです。私は政治のリーダーたちを取材してきましたが、彼らのほとんどが「NHKは毅然としてくれ」と言います。まして私が就任以来、報道や放送の自由を必ず守ると明言していることに対して「会長は何を言っているのか」と言う政治家なんていません。
有働 そこは繰り返し言っていただかないと、視聴者としては一度聞いただけでは忘れてしまいます。
※この続きでは、「NHKの会長になったら何か得するのですか?」と有働由美子さんがズバリ訊いています。約9000字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年8月号に掲載されています(井上樹彦×有働由美子「報道や放送の自由を必ず守る」)。
■井上樹彦(いのうえ・たつひこ) 1957年、福岡県生まれ。1980年に早稲田大学第一文学部を卒業してNHKに入局。編成局長や理事、副会長などを経て、2026年1月から現職

