「黒本」をネット上に公開することが難しい理由
「黒本」は、二つの祈念館のどちらかへ実際に足を運ばないと、すべてを読むことはできないのだ。寄せられた手書きの体験記は、紙媒体で読めるだけでなく、すべて画像データ化されているし、執筆者名やそれ以外の登場する被爆者の名前、登場地、体験記の内容等で検索できるよう、一編一編を読み込んでデータベース化までされている。だがそれらのデジタルアーカイブは、館内の端末を使っての閲覧に限られる。
貴重な体験記がネット上に全文公開され、どこからでも誰でもアクセスできるようにできたら、とすぐさま思うものの、難しい現実がある。
理由は、原爆の特性のためだ。
先の体験談からも分かるように、被爆によって本人だけでなく、次世代への放射線の影響が心配された。被爆二世が遺伝的な病になることは現在では科学的に否定されているが、かつては影響が大きいと信じる向きもあり、婚姻の際などに差別的な対応をされた人も数知れない。後世に記録を残す意味で黒本に寄稿した人たちのなかにも、被爆の事実を知られたくない人も多数含まれているはずだ。
体験記は、すべて記名記事である。取り扱いは慎重になるのは当然だろう。これがネット上での全面公開に踏み切れない一番大きな理由である。複写することも許されていない。いや、厳密には違う。
当事者や家族にとっては「祈りの場」としての役割も
「被爆者のご家族だけはコピーできます」
長崎祈念館の吉岡さんは言う。祈念館を訪れ、被爆した家族の手記を複写していく人は多いという。筆者が館内で閲覧しているときも、書き写している人、親族の体験記を閲覧に来た人を見かけた。
「お墓参りのように、ここへいらっしゃる方もおられます。『ここにいたんだ』『会いに来たよ』と言う方もいらっしゃるんですよ。じつは、ご遺影も登録できるのです」
体験記事とは別に、執筆者の遺影を登録することが可能となっている。長崎祈念館では、すでに1万1000人もの名前・遺影が登録されている。被爆者によっては、文章を綴れなかった人もおり、遺影だけを登録することも可能となっている。
つまり、「黒本」や祈念館は、原爆の負の歴史を伝えるものであると同時に、当事者や家族にとっては祈りの場でもあるのだ。遺影の登録は、市役所でも促しているそうだが、被爆体験を語れる世代が高齢化しているなか、意義のある取り組みであると思う。




