「知らなきゃいけないことを知らなかった」遺品のなかに祖母の体験記を見つけ…
ちなみに、吉岡さんも数年前、個人的に祖母の遺影を登録した。吉岡さんは長崎出身だが、祖母の被爆体験を詳しく知らないできた。死後、祖母が体験記を残しているのを遺品のなかに見つけ、吉岡さん自身が、祈念館に登録申込をした。
「つらい思いをしていたのに、いつもやさしい言葉をかけてくれる祖母でした。知らなきゃいけないことを知らなかったんだな、と。ごめんね、と思いました」
戦後、80年以上が経過した。もう自分の被爆体験を語れる人は少ない。長崎、広島の両祈念館では、本人・遺族の許諾が得られた体験記録を少しずつネット上で公開しはじめているが、道半ばと思える状況に見える。それでも、一歩一歩、前には進んでいる。
貴重な記録をのちの世代にまで伝えていくことの意義
「黒本」は、平成7年度の大規模な体験記募集企画を製本したものであったが、被爆体験記の収集自体は、平成17年、27年と、10年ごとに三度行われており、黒本以降の二度の収集でも、それぞれ1万件を超える体験記が集まり、平成17年分についてはすでに製本化されている。その後、現在も引き続き収集・保存は続けており、順次アーカイブ化されていっている。
次のフェーズとして、これらのネット公開を、と筆者としてはどうしても願ってしまう。人間は原爆を使うほど愚かだが、叡智を使える賢さもある。今後、AIを活用し、プライバシーに配慮する処理を施して公開を目指してほしい。
唯一の被爆国の一大記録群をのちのちの世代にまで伝えていくことが、書き残した人々への慰めであり、我々の義務ではないだろうか。
最後に、本稿をここまで読んでくださったあなた様にもお願いしたいことがある。長崎や広島に訪れた際は、原爆資料館だけでなく、祈念館にも足を運び、どうか、黒い表紙をひらいていただきたいのだ。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。




