3/5ページ目
この記事を1ページ目から読む
聴覚と発語に障害のある子どもは、コンクリートの床に投げつけられた。子どもは痛みで泣くが、泣いたらまた投げつけられた。何度も投げつけられて、声がしなくなった。その後、その子どもを見た者は誰もいない。
番号が付けられた青いジャージ
兄弟福祉院は、釜山の丘陵地に建てられたコンクリートの団地のような建物だ。収容者は番号がつけられた青いジャージを着用する。大ヒットしたNetflixドラマ『イカゲーム』のイメージは、おそらくこの事件から採られたものだろう。同時に3000人以上収容されていたため、番号は3000番台に達した。
看板には「社会福祉団体 兄弟福祉院 浮浪者のための一時収容施設」と記されている。設立されたのは1960年だが、浮浪者の強制収容が始まったのはパク・チョンヒ(朴正煕)政権下だ。1975年、韓国内務部(現・安全行政部)が制定した訓令により、家のない貧しい人々の強制収容が可能になった。
暴力と恐怖で支配
兄弟福祉院では、収容者は「小隊」に分けられ、小隊長、班長らによって管理された。彼らの上に立つのが中隊長である。劣悪な環境の中、収容者を管理する専門的な職員は皆無であり、少数の管理者は暴力と恐怖によって多すぎる収容者たちを支配した。
性暴力も頻繁にあった。強制収容された小学生の姉弟がいた。しっかり者で成績の良かった姉は、弟の部屋までやってきて一緒に逃げようと声をかけたが、管理者に見つかって髪を引っ張られて連れていかれた。

