姉の精神は壊れた

 1人の行動で小隊全員が罰せられることになる。女子たちはモップの柄の先にビニールを被せたものを膣や肛門に何度も突っ込まれた。刑を受けた女子たちはこの姉を恨んだ。

 抵抗した姉には大量の抗精神病薬クロルプロマジンが与えられた。弟は姉を「クソ女」と呼ぶよう強制された。まもなく姉の精神は壊れた。50歳を過ぎた今でも、当時のまま精神がとどまり、ほとんど口をきくことがない。クロルプロマジンは多くの収容者たちに投与されていたことが明らかになっている。

16歳で妊娠した少女も

 乱交もあった。7歳前後の従順な子どもたちが数人連れ出され、無理やり性交させられた。子どもたちは性的欲求を満たすための「おもちゃ」として扱われた。

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 10代の女子が順番に小隊長らの性交の相手を務めることもあった。16歳で妊娠した子もいた。出産した子は、そのまま養子に出された。女性は今も「子を捨てた」という罪の意識に苛まれている。

Netflixドキュメンタリー『私は生き延びた 韓国を揺るがせた悲劇の中で』(2025年)

 子どもたちは繰り返し暴力を受け続ければ、数日のうちに抵抗する気力を失う。ある生存者は言う。

「私たちを動物のように家畜化しようとしていた。それが兄弟福祉院のやり方だ」

腐ったような臭いが…

 収容者には強制労働が課せられた。大人だけでなく、10歳未満の子どもたちも朝早くから夜遅くまで過酷な肉体労働を強いられた。教育を受ける機会など皆無である。

 食事は「粗末」というレベルではなかった。スプーン3杯ほどの麦飯と水のようなスープ。ほとんどのおかずは腐ったような臭いがした。実際、畑に落ちているキャベツの葉や市場で売れ残った腐りかけの魚が食事に出されていた。