鎌倉幕府の執権北条泰時(やすとき)は悩みあぐねている。〈殺し合いや諍(いさか)いで物事を解決せずにすむよう、道理にかなった式目(きまりごと)を作ろうと決意して、早数年〉、武士たちに理解できる言葉で伝えるにはどうしたらよいのか。そんなとき思い出されるのは、過去に遭遇した、またいま直面する不可解な事件……。
「この時代に、何が罪で、何が罰となり得るのか。法やルールを作るにはその基準を明確にする必要があります。そのためには具体的な事件から、犯行の謎を解き明かし、犯人を特定していかねばならない。その過程は、まさにミステリーそのものだと考えたのです」
羽生飛鳥さんの新刊『御成敗式目の殺人』は、最初の武家法として名高い「御成敗式目」誕生の陰にあった事件の謎を解いていく本格推理小説だ。式目制定を最終目標に、難事件を解いていく探偵役は、執権泰時と、8歳年上の叔父で連署(執権の補佐役)の時房(ときふさ)。
「時房は歴戦の勇士にして社交的で明るいイケメン。一方の泰時は生真面目だが、禁酒を宣言してもつい飲んでしまうお茶目さもある。鎌倉幕府公式記録の『吾妻鏡』の記述がすでに面白く、こちらがほとんど手を加える必要がないくらいキャラ立ちしていました」
甥叔父バディは5つの事件に遭遇する。第1話では、鎌倉殿源頼朝へ献上する観音菩薩像を、ある寺に受け取りに行ったとき、その像を凶器とした殺人事件が起きる。現場には刀などがあったのに、なぜ仏像を凶器としたのか。さらに、仏舎利(ぶっしゃり)(釈迦の遺骨)の盗難も発覚。同一犯の仕業か。仏舎利をどこに隠したのか。
「当時、仏舎利は誰もが欲しがる宝物でした。東大寺の大仏再建を進める僧重源は、資金調達のため、仏舎利を盗んで売っていた(!)のですが、その仏舎利を後白河法皇は召し上げようとしたとか。仏舎利ブームだったのです。そうした史実と本格ミステリーを合わせて、楽しんでいただければ」
泰時は検証と推理を重ね犯人を絞っていくが、頽廃した僧侶を目の当たりにして、ふたりの思いは一致する。すなわち、「寺や塔の修理をして、僧侶の勤めに励むこと」(第2条)。こうして式目が作られていく。
もっとも鎌倉時代を舞台に本格ミステリーを書く苦労は尽きない。現代とは生活様式や家の造り、人々の規範が全く異なるからだ。
「まず玄関がない。家にはどこからでも侵入できるため、密室トリックを成立させるのが難しい。そこで、屋外に出て、鎌倉に多く残る『やぐら』という山の岩肌に掘られた横穴をギミックとすることで、足跡なき殺人を描きました」
当時の鎌倉は、病や飢饉が人々を苦しめ、往来には屍(かばね)が打ち捨てられていた。彼らを救うために、勧進聖(かんじんひじり)が鎌倉の沖に島を築いて港を開こうと、辻で声を張る。「謎解きという嘘を読者に信じてもらうために、それ以外は細部までリアルに描こうと心がけました」。
やがて、事件解決に取り組んできた泰時は、ある真実に行き当たる。それは血生臭い北条家の歴史。善政、道理をめぐる相克。そして、叔父上、あなたは――。
これまで藤原定家や平頼盛を主人公に歴史ミステリーを紡いできたが、本作は「本格ミステリー史上初・御成敗式目を題材にしたミステリーを書くぞと己を必死で鼓舞して書いた」と笑う。
「日本の中世の歴史ミステリーは、私が書き始めた頃は米澤穂信先生の『黒牢城』もなく、今もそんなに多くはありません。歴史は難しそうだと警戒せず、現代とは異なる人々の感覚を“特殊設定”として楽しんでいただけたら嬉しいです」
はにゅうあすか/1982年、神奈川県生まれ。上智大学卒。2018年「屍実盛」でミステリーズ!新人賞を受賞。同作を収録した『蝶として死す』でデビュー。著書に、『揺籃の都 平家物語推理抄』『歌人探偵定家』『歌人探偵定家 弐』『賊徒、暁に千里を奔る』『女人太平記』など。
