40年ちょっと前に燕三条駅が開業した当時は、一面の田園地帯だった。そこからどんどん区画整理と開発が進み、田んぼが減って町ができてゆく。いまもまだ駅の近くに空き地もあるし、田んぼもあるから、開発は道半ばなのだろうか。三条市と燕市、それぞれの昔ながらの“町の顔”を見たければ、駅前からタクシーにでも乗って古くからの市街地に行くべきなのだろう。
幻の“燕三条市”「住民投票でNO」
2000年代前半には、三条市と燕市の合併に向けた動きもあったようだ。三条市側は前向きだったが、燕市の住民投票では僅差で否決。結局、“燕三条市”が誕生することはなかった。
それでも昔のような火花を散らすライバル関係というのは解消されてきているらしい。燕三条青年会議所は、遠くない将来の合併も目指しているという。いまは“ふたつの町のターミナル”の燕三条駅も、合併が実現すれば文字通りの燕三条のターミナルとして存在感を一層増すことになるのだろうか。
ところで、燕と三条といえば、ラーメンも有名だ。灼熱の真夏の光線にさらされながら歩き回ったあとにラーメンはちょっとキツい。なので食べられなかったが、三条はカレーラーメン、燕は背脂ラーメンでいまや全国に名を轟かせている。
いつの日か両市が合併することがあっても、ラーメンばかりは一緒になることは難しそうだ。信濃川と中ノ口川という、巨大な川に挟まれて向かい合うふたつの町と、その中間の新幹線駅・燕三条。その物語は、これからもまだまだ続きそうである。
撮影=鼠入昌史

