「私が産んだ子だ」翌日に対面すると、涙が止まらなかった
――出産の翌日にあらためて赤ちゃんと対面されたんですか?
しほ そうです。最初、看護師さんに「会いに行きますか? 今、行けますけど」と言われたときもとっさに、「痛み止めが効いてから後で行きます」みたいなことを言っちゃって。そうしたら数時間後に車いすを看護師さんが持ってきてくれたので、それで会いに行きました。
みーくんの目元にはガーゼがかけられていて、看護師さんが「めくりますか? お母さんの心の準備がまだだったら明日でもいいんですよ」と言ってくれて。ここまで来て「嫌です」なんて言う気はなかったので、外してもらいました。
見た瞬間、「私が産んだ子だ」と一瞬でわかって、その場で涙が止まらなくなっちゃって。鎮静剤が効いているので本人は微動もしないけど、手とかを触ると反射的に動くんです。それがうれしかったし、しげしげ眺めたり触ったりしていたら、あっという間に時間が過ぎていました。
――NICUにしばらく入っていたということですが、ご家族で暮らすまでにハードルはあったのでしょうか。
しほ 家に連れて帰るには必要なことがいくつかあって。まず、病院で使っていた強力な人工呼吸器を、家庭用の軽めなものに切り替えることができるくらい呼吸が安定すること。あとは自宅で気管切開のケアができるようになること。経管栄養になるので、親が胃ろうを管理できるようになることもそうですし、頭蓋骨欠損の部分と、まぶたの欠損を家で安全に管理ができるようになることも必要でした。
これらをクリアしないとまず家に連れて帰れないと言われて。呼吸については軽快していったので大丈夫だったんですが、一番ネックになったのは目で。元気になってくると、どうしてもラップを自分ではがしちゃうんですね。
生後100日で「下まぶたを作る手術」を受けることに
――言って聞かせることもできないですしね。
しほ かといって縛り付けるようなこともしたくないしで試行錯誤をしていたんですが、ある日突然先生から「手術しましょう」と連絡が来て。このままラップでケアを続けていくのが現実的ではない以上、やったことのない手術だけれども、下まぶたを作る手術をしようと先生が決断してくれたんです。それが生後100日目のことでした。
孝輔 みーくんは目の下の部分がえぐれていると思うんですけど、そこにあった皮膚をはがして下まぶたを形成したんですよ。で、はがした部分にはお腹の皮膚を移植しています。

