クイズと哲学は地続きにあるもの
――大学でもクイズ研究会には所属はされていたんですか?
田村 新歓のクイズ大会に参加して、そのあとご飯を奢ってもらった記憶はあります。ただ、それっきりになってしまいました(笑)。
――なぜ入らなかったのでしょうか?
田村 これは僕の誇大妄想・被害妄想であることを引き受けながら言うんですが、『高校生クイズ』で優勝した人だと思われながらクイズをやるのが嫌だった、というのが大きいですね。当時はそもそも誰もクイズ研究部なんかに興味はなかったと思いますし、誰かに注目されたくてクイズをやっていたわけでもなく、自分が気ままにできて、たまたまわかったときにだけ答えられる、そんな環境が好きだったんです。
それが、『高校生クイズ』のような大きいイベントを経ることで、他人にどう思われているかとか、他人に値踏みされているんじゃないかとか考えながらクイズをするようなマインドになってしまった。もともとの動機が他人の期待とは無関係なところにあったので、自分のなかでそうじゃなくなってしまったクイズは続けられないな、と。
――田村さんがXで「これは誰にも理解されなくていい感想なんですが、『高校生クイズ』『頭脳王』以来ずっと僕の人生の半径2mくらいを漂っていた亡霊が、今回のQさま出演でやっと成仏したような気がしている。」とポストされていたことと、今の話は繋がるところがあるのかなと思いました。
田村 6月に『Qさま!!』(テレビ朝日系列)に出演させていただきました。もうあれから10年以上の時間が経過していて、自分とクイズの向き合い方もかなりフラットになっていましたね。勝ったら嬉しいし、負けたらそれなりに悔しい。僕よりクイズに強い人なんていくらでもいることをみんな知っているし、SNSで「あいつめっちゃ弱いじゃん」みたいに書かれてもそんなに気にならない。そんな自分になったから出られたんだと思います。
――もう『高校生クイズ』の田村ではないという。
田村 そうですね。哲学の研究を自分なりに頑張って、本のかたちに自分の考えをまとめる機会もあって、自分の領域を作れたという感覚もあるのかなと思います。
――クイズは明確な答えがありますが、哲学は明確な答えがある学問ではないような印象があります。田村さんの中で、クイズと哲学はどのようなポジションにありますか?
田村 自分の中ではすでに混ざり合ってしまっているんですが、あえて言うなら、探究の道のりを途中まではクイズという乗り物で行って、そこから先は哲学という船で進んでいく、という感じでしょうか。
競技クイズでは思考の瞬発力が問われるので、問題文から「こっちの道が正解だ」という雰囲気を感じ取る能力が養われていった気がするんです。哲学の領域では、誰かが設定した問題に決まった答えを出力するというのではなく、自ら問いのかたちを仕上げていくようなことが求められます。ですが、これは「どっちに進んでも正解」ということでもありません。明らかに誤った方向に進んでいる議論というものがいくらでもあります。道標の見えない海のうえで進むべき方向を絞るためには星を見る必要がありますが、そんな、星をじっくり眺めながら進むべき方向を絞り込んでいくような能力が哲学のなかでは養われたんじゃないかと思っています。
陸地を歩んでいくためのクイズ的な力と、海を渡るための哲学的な感覚の2つがあって、自分はやっとものを考えられているように思います。だから、クイズと哲学はまったく別物ではあるんですけど、自分がなにかものを考えたりするときにはどっちも使っているような気がしています。
